第25話 健闘

 9回表、一死満塁のピンチで、俺が呼ばれた。今日の試合は二塁手に遊佐が入っているので、もしかしたらベンチのまま終わるのかと思っていた。が、7回途中あたりで監督は「投球練習しといて」と俺に告げた。その言葉通りではあるが、何もこんな最終盤に投入しなくても、とは思った。

 だが、与えられた役割は、こなさなければ意味がない。さいわい、投手(1)→捕手(2)→一塁手(3)のホームゲッツーでピンチを片付け、2点差のまま9回裏に持ち込むことに成功した。


 相手の残塁は、9イニングで14を数えたことになる。

 福和学園はここで、投手を相馬そうまという一年生に代えてきた。

「リュウじゃん」

 白河が相馬を見て、そう口にした。

 その言葉に反応した米沢が聞き返した。

「白河、知ってんの?」

「はい。中学時代のチームメイトです」

「へえ。何ていうチーム?」

郡山こおりやまみなみリトルシニアです。市内の人が多かったですけど、須賀すかがわとか鏡石かがみいし本宮もとみやの選手もいました」

 郡山南といえば、東北地方ではそこそこ名の知れたチームだ。さらに聞くと、白河はそこのチームで控えの三塁手。打撃力をかわれて外野手での起用もあったという。福島県の大都市郡山を離れてこんな田舎町に来るのは、心細かったのではないか。それを聞こうかとも俺は思ったが、聞いても仕方のないことだし、白河の打順が来たので脳内から打ち消した。

 白河は、昔の思い出を振り払うかのように、その小さい身体のどこにそんなパワーがあるのか、というほどのスイングを見せた。相馬の直球を完璧に捉え、左中間のフェンス上部に持っていった。

 文句なしの本塁打だ。


 さて、この試合、俺の出番は9回途中から登板しただけだった。打順の関係で、打席は回ってこなかった。

 今泉に代わって入ったので打順は3番だったが、9番白河の本塁打後は1番、2番と凡退し、俺はネクストバッターサークルで試合を終えたのだった。


「「ありがとうございましたっ!」」

 4対5、1点差。こちらの得点は本塁打2発と相手エラーでの2点だけだった。

 が、それでも収穫はある。9イニングで3人が登板、東北大会ベスト4(の二軍)相手に5失点は、現時点では曲がりなりにも成功したほうだろう。


 *****


「あの、ちょっと伺いたいんですが」

 千歳は、福和学園二軍監督の大野に声をかけた。

「はい」

「なぜ、ウチと練習試合をしてくれたんですか?」

 部費もない、機材もない、期待もそれほどされてない、という状況で、なぜ練習試合をする気になったのか。しかも、申し込んできたのは向こうからだ。

「ああ、それはですね。庭坂にわさかさん――ウチの一軍監督から、御校と試合をしてきてほしいと言われたものですから」

「では、そう言っていた理由は、ご存じないですか?」

「いえ、そこまでは。でもですね、ここからは私の推測なんですが」

 そう言って大野は、少し声を潜めた。

「おそらく御校が、県大会で光彩大山形に一番健闘していたからなんじゃないかと」

「でも、コールド負けですよ。しかも初戦で」

「それはそうなんですが――あ、ちょっと待っててくださいね」

 大野は、部員たちを乗せて来ていたマイクロバスの方へ向かっていき、数分後に資料らしきものを携えて戻ってきた。

「これ、光彩大山形の秋季大会での成績です」


 ◆◇◆

[山形県大会・村山地区一次予選]

 2回戦  21-0 大江おおえ ※5回コールド

 3回戦  14-1 山形学園大高 ※5回コールド

(本選出場。村山地区シード獲得)


[山形県大会・本大会]

 2回戦  8-1 舟形 ※7回コールド

 準々決勝 12-0 鶴岡四 ※5回コールド

 準決勝  10-0 山華やまはな学園 ※6回コールド

 決勝   19-4 吉大きちだい山形

(県1位で東北大会出場)


[東北大会]

 2回戦  16-0 大船渡おおふなと海洋かいよう(岩手)※5回コールド

 準々決勝 8-0 鹿角かづの(秋田)※7回コールド

 準決勝  5-2 福和学園(福島)※延長10回

 決勝   22-3 仙台幸栄こうえい(宮城)

 ◆◇◆


「どうです?」

 どうです、と言われても。

 10試合中7試合で2ケタ得点、さらに見れば、失点は10試合で11、コールドとはいえ5試合が完封。まさに圧倒的な力で相手をボコボコにし、来春のセンバツを確実にしている。

 スコアだけを見るなら、福和学園の次に健闘したといえるかもしれない。

 でも、それを差し引いてもウチは――。

「来年で廃部になるんですよ」

「えっ?」

「一学年上の部員が、問題起こしちゃって。今いる2年生部員が卒業したら、廃部っていう方針になってるんです」

 大野は、驚いたように目を見張った。

「それは、本当なんですか? ポテンシャルある子ばっかりじゃないですか」

 それは分かっている。

「それに、マネージャーさんとライトの選手、まだ1年生じゃないですか。彼女たちはどうするんですか?」

 そのことも分かっている。だが。

「私も、部員がいる限りは――あの子たちが卒業まで辞めない限りは、野球部を存続させたいと思ってます。でも、悲しい話ですけど、学校も、生徒のために頑張ってくれるところと、そうじゃないところがあるんですよね」

「それは、……それって、残酷すぎるじゃないですか」

「まあ、見方によってはそうですね」

「いや、どう見てもそうですよ! だって、だって……」

 大野はやるせなさで言葉が見つからないようだった。アツい指導者だ。こんな教師が舟高に一人でもいれば、少しは変わるのかもしれない。

「千歳監督。何かあったら、なんでも言ってください。僕が出来ることなら、力を貸します!」

「それは、個人としてですか?」

「ええ、そうです! 学校なんか、私立と公立の壁なんか、関係ありません」

 苦労してそうな性格だな、と千歳は思い、心の中で苦笑いをした。


 *****


「リュウ! リュウでしょ?」

「おう、ウサか。お前、こんなところに居たんだな」

 試合後、白河は、福和学園で最後に登板した相馬龍之介りゅうのすけのもとへ向かった。

「どう、ウチのチームは。意外と強かったっしょ?」

「まあ、そこそこだな。あの光彩大山形を苦しめただけあるよ」

「ええ? それは言い過ぎでしょ。コールド負けなんだし」

「分かってねえな」

 そこへ、一人の大柄な選手がやって来た。

「相馬、そいつ知り合いか?」

「あ、鉾田ほこた。ウサ、紹介するよ。こいつ、今日は四番打ってた鉾田倫太郎りんたろう。今は二軍だけど、伸びしろは一軍の監督にも期待されてんだぜ」

「へえっ凄い。白河兎羽です。今日はありがとうございました」

「こちらこそ。しかし、白河さんのバックホーム凄かったですよ。同じ外野手として見習いたいな」

「いやいや、私なんかそんな……」


 今年最後の練習試合は、それなりの収穫を得て終わったのだった。

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