第31話 信頼
翌週の月曜日。俺たちは再び視聴覚室にいた。
「さ、全員揃ったことだし」
監督がそう切り出した。俺が熱を出して2日も休んでしまったからだ。本当に申し訳ない。
「この、吹浦くんに貰った紙を米沢くんに一旦渡して写真撮ってもらって、グループラインで共有してくれたと思うんだけど。皆大丈夫だよね? このプリントの内容、見てない人いる?」
誰も何も言わないのは、肯定の意だ。
「いないね。じゃあ話を進めるよ」
「はーい」
監督は、前のホワイトボードに次々と書いていく。
『・武器……守備力と「見る」力』
『・戦い方……守備からリズムを作り、少ないチャンスをモノにする』
『・活かし方……守備では連携の確認。攻撃では相手を見ることと、ボールを見極めること』
「なるほどね。でも……」
「でも?」
「これだと、全然バッティングのこと、書かれてないんだけど」
それは分かっている。
攻撃面でも『チャンスをモノにする』とか『ボールを見極めること』とか、「打つ」という文字すら出てこない。
でも俺たちは、何も考えていないわけじゃない。
高瀬が手を挙げた。
「それは、チャンスで打てさえすればいいからです。『チャンスをモノにする』ところで、バッティングも大事です」
「でも、普段から打てるようにならないと、チャンスでも打てなくない?」
う。
鋭いところを突いてきた。やはり監督は分かっている。
「……なんてね」
「えっ?」
「ちょっと意地悪しちゃったね。ごめんね」
「え? どういうことですか?」
高瀬が逆に聞き返す。
「いや、今私が言ったことと皆が言ったことは、いわば水掛け論なんだよ。君たちは『打ち崩せなくてもチャンスで打てればいい』、私は『チャンスで打てても打ち崩せなければ意味がない』。ね? いくら議論しても解決しないでしょ? どっちも筋は通ってるんだから」
確かにそうだ。そこはチームカラーで大きく左右されることで、絶対的に正しいのがどっちかなんてのは分からない。
「バッティングは水物」とは、よく言ったものだ。
「君たちは『チャンスで打てればいい』。で、いいんだね?」
「はい! チャンスをモノにすることには
高瀬の声がだんだん小さくなったのは、俺たちの方を向いて確認の視線を送ったからだ。もちろん全員が頷いた。
「分かった。じゃあ、その練習だね」
*****
新庄栄高校の野球部に所属している犬川
今日は、高校野球選抜大会、通称「センバツ」の出場校が発表される日だ。
元々犬川は、野球を観るのが好きだった。それが高じて、中学から野球を始めたのだ。
野球を身近に感じたい。上手くなりたい。得意なものができたと言えるように、なりたい。
自分がやっているスポーツは、あの聖地と繋がっている。それだけでも犬川にとっては、モチベーションとして十分だった。
ただ、野球観戦を忘れていたわけではない。現地観戦こそできないが、今はネット配信もしてくれるし、動画サイトに試合の様子を投稿してくれる人もいる。空き時間に楽しむそんなものだけでも満たされた。
(センバツ出場校予想、当たってるかなぁ)
そして犬川は、秋季大会の成績を調べ上げ、それぞれの地区の出場校予想をしていた。こちらも完全なる趣味である。たださすがに、主観の要素が大きく加わる21世紀枠は予想していないが。
それでいったら秋季大会も参考に過ぎないのだが、そこは積み上げてきた前例から大体予想することはできる。
答え合わせをしようと、犬川は検索をかけた。
「え……⁉」
21世紀枠3校を除く29校の予想。そのうち28校までは、見事に当たっていた。近畿地区ベスト8などの当たらないのではないかという微妙な線においても、犬川は的中させていた。
外したのは1校。全て当たらなかったということへのショックではない。むしろ一種のゲームのような感覚だから、もっと外れても構わないくらいのスタンスだった。
外れた1校が、意外過ぎたのだ。
『東海1枠目 田子ノ浦学園(静岡)
東海2枠目 蒼洋大
東海大会準優勝、センバツ当確とみられていた操政は、選ばれなかった。
「おかしいだろ……」
思わずそう呟いた。
*****
翌日、部活ではその話題で持ちきりだった。それだけ今回は異例だったのだろう。
「え、なんで?」
「順当にいけば準優勝の操政じゃないの?」
古口と瀬見が2人して言っていた。
「スコアが良かったんじゃねえの? その、……なんだっけ、『なんたら大なんたら』ってとこ」
「蒼洋大高蔵寺な」
話題に入った今泉を、米沢が軽くツッコむ。息が合っているバッテリーだと思うが、米沢も知ってはいるようだ。
「それに操政は決勝で、優勝校の田子ノ浦学園に延長10回で1-2xのサヨナラ負け。蒼洋大高蔵寺は準決勝で、同じ田子ノ浦学園相手に3-9。どう考えても操政の方が試合内容いいだろが」
俺も正直に言えば、不可解な点が多い。米沢が言った点はもちろんだが、操政は東海大会直前に、4番とエースが怪我をしている。つまり、チームの大黒柱抜きで準優勝まで駆け上がったのだ。
調べれば調べるほど、操政が選ばれなかったのが腑に落ちない。
「静岡以外の東海3県から出場校0はまずいとでも思ったんだろうよ」
米沢がはっきり言い切った。地域性を理由としていない旨も発表されていたが、そう勘ぐられてもしょうがないだろう。
いやそれよりも、嘘だと捉えられかねない説明をしている時点で詰んでいる。
「……地に落ちたな、高校野球の信頼関係は」
俺が呟くと、「そうだな」という返事を最後に静かになった。丁度監督がやってきて「練習開始」と言ってくれたのが救いだった。
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