第32話 大好き

「じゃあ次! 行くよー」

 監督が声をかける。ダッシュやランニングなどの基礎体力作り以外はほとんど実戦練習なので、俺たちが考えた練習案が結構採用されている。

 次は、今泉が打った長打性の打球を、ホームまで返す練習だ。遠投の練習にもなるし、実際に試合と同じような形ですることで、どうすればもっと早く返球できるのかを極めることもできる。

 ちなみに、打球が落ちた瞬間からストップウォッチで時間を測ることもやってみてはいる……のだが、今泉の打球はフェンスに直撃した。

 文句なしのホームラン! しかし、これではバックホームの練習にならない。

 会話の方は、「ナイスホームラン」とか「いい打球だねえ!」だのと言っている。

 ただ、半ば投げやりな言い方を含めて訳すとすれば、

「ナイスホームラン(練習にならねえだろボケ)!」

「いい打球だねえ(せめてライナー性の打球飛ばせや)!」

 といったところだろう。


 そういえば、今度の3月のセンバツ、東北からは光彩大山形と福和学園が出るらしい。福和学園がベスト4で選出されているが、東海大会の影に隠れて話題にならなかった。

 その理由はスコアを見れば一目瞭然で、福和学園は準決勝で光彩大山形と当たり2-5。東北大会準優勝の仙台幸栄は決勝で3-22。しかも福和学園は延長まで持ち込んだ末の負けだから、逆転で選考されたのだろう。


 *****


 いつまで迷ってんだ、私。

 告白する機会はいつでもあっただろうに、それをフイにしてきてしまった。

 なんなら、この前吹浦が風邪で寝込んでいるときに言ってしまっても良かった。

 いやでも……そうすると、吹浦の熱が上がったかもしれない。そうだそうだ、だからこの前はしないほうが正解だったんだ。

「……はぁ」

 いつまで自問自答してるんだろう。

 年度が替わるまで、あとふた月ほど。それまでにケリをつける、つもりでいる。

 なのに。

「じゃあ次、内野練習ね!」

 ハッとした。そうだ、練習では手を抜かない、気を抜かない。

 でも……でも……うあぁぁぁ。

「おい、遊佐」

「えっ、な、なに、泉田」

「お前、ショートやれば?」

「でもそれじゃ、泉田の練習にならないじゃん」

 私がそう言うと、泉田はこちらへ寄ってきて、急にヒソヒソ声で話し始めた。

「いやいや、そうだけどな」

「うん、そうじゃん。試合に出る奴が優先でしょ、そりゃ」


「でもお前、初恋の奴と二遊間組んでたいんだろ、やっぱ」

 ……え?

 え⁉ 気づかれてるの⁉

「態度に出すぎてんだよ、お前は」

「いつから気づいてた?」

「まあ、割と前から」

 それを早く言ってくれよ!

「おーい、ショート入ってよ誰か」

 吹浦が呼びかける。その声にも私は、心臓が跳ね上がるくらい反応しそうだった。

「あーすまん、俺ちょっとトイレ行ってくるわ。代わりに遊佐が入るから」

「オッケー」

 あ、こら、泉田。

 声をかける間もなく泉田は、校舎へ向かっていってしまった。

「遊佐ー、やろーよー」

「あ、うん」


 米沢がショートへゴロを打つ。

「セカン!」

 正面の打球を取って、吹浦にトス。吹浦が二塁を踏み、一塁へ転送した。

 もう1球。

 今度はバックハンドで捕り、二塁上の吹浦へ。

「遊佐、ナイス!」

「サンキュ」

「お、アイツ戻ってきた」

 泉田が校舎から姿を現した。文字通り用を足してきたところだろう。

「やっと泉田と練習できるな」

 吹浦が言った瞬間、私は急に焦りを感じた。

 今この瞬間を逃したら、チャンスがなくなる気がする。

「ふ、吹浦!」

「ひゃい! ……何?」

 急に大声を出した私に驚きながらも、吹浦はこちらに向き直ってくれた。

「あ、あとで、時間ない? 話したいことが、あるんだけど」

 もう、逃げ続ける訳にはいかない。

 覚悟を決めよう。


 *****


 ああ、こりゃあ最悪のシナリオだ。

 テレビを見ながら、俺はそう思った。

 いや、俺だけじゃなく、一部の高校野球の関係者も、そう思っているだろう。

 全国高等学校野球選抜大会、通称「センバツ」。

」という大義名分のもと、東海大会ベスト4で「」と判断され選出された、蒼洋大高蔵寺。その蒼洋大高蔵寺が、たった今サヨナラ負けを喫したのだ。

 相手は21世紀枠として選出された、秋田県の鹿角高校。

 鹿角高校は実際、この世代では強い。秋の東北大会に出場し、優勝した光彩大山形にコールド負けこそ喫したものの、試合内容は0-2の7回表に一挙6点を取られたもの。しかも、エースが負傷退場した直後のことだった。

 マイナスになるような試合内容ではなかったし、幸いエースの怪我も軽い打撲程度のものだった。それに地元主体のボランティア活動への参加、雪かきで練習がままならない現状のなかでの快進撃がプラスに働いたらしい。

 そしてこの瞬間、鹿角高校の甲子園初勝利が決まった。


「いやぁ、凄い試合だったねぇ」

「そうだね」

 遊佐がまた遊びに来ている。この前の出来事など気にしていないかのように。

「でも、鹿角が上回ってたかな」

「えー、そう?」

 3x-2でサヨナラ勝ち。最終結果だけ見れば、そうかもしれない。

 しかし内容を見るに、鹿角が「活かし」、蒼洋大高蔵寺が「取りこぼした」ことは明らかだ。

 2回裏、四球と相手エラーで出した走者を適時打タイムリーで返し、2点を先制。

 一方の蒼洋大高蔵寺は7回と9回にホームランが出たが、いずれもソロ。それ以外でヒットを7本放ちながら、点は入らなかった。


「それはそれとして、遊佐……さん」

 俺の雰囲気を察したのか、遊佐も急に畏まった。

「な、何ですか? 吹浦さん」

「その、この前の申し出のことなんだけど」

「ああ、あれね! いやぁ私らしくもないことしちゃったな」

「ち、違う!」

 いや、普段の遊佐らしくないといえばそうなのかもしれないけど、そうではない。

「この前のこと、本当にありがたいと思ってる。俺のような奴でも好いてくれて。……でも、その」

 言葉が詰まる。それでも遊佐は、じっと聞いてくれていた。

「今は野球なんだ、俺は。今遊佐と付き合うとか、そういうことになったら、多分お互いにお互いのこと構えないから、自然消滅しちゃうかもしれない」

 自然消滅は『俺が』嫌だ。完全なるエゴだ。

「だから、その……野球部を引退してからじゃ、ダメかな」

 野球部を引退すれば、今度は受験だろう。でも野球よりは、生活時間に余裕ができる。

「……うん。いいよ」

「ふぇ?」

「ふふっ。何その情けない返事。私も野球部員なんだし、分かるよ大体」

「そう? やっぱり引退までは、皆のために野球に――」

「ありがとう。そんな優しいとこも大好き」

 言い訳を遮って、遊佐は俺のことを抱きしめた――というか締めた。

「大好きだぁぁぁぁ!」

「……放して……ってか…緩めて………」

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