第33話 最上級生

「えーまずは、新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」

 恰幅のいい――というかよすぎる校長が、もそもそと挨拶をした。

『続きまして、部活紹介です』

 サッカー部、バレー部、バスケ部。茶道部、軽音楽部、写真部。その他諸々。

 野球部は紹介をやらない。

 頼んでもやらせてもらえないからだ。去年もそうだったし、今年は他の部からの視線が冷たいのでやめた。

 これで今年の夏、俺たちが負けると、野球部には2人しかいなくなる。その2人である白河と清川も担任を通した正式な入部じゃないから、おそらく何かと理由を付けられて退部になるだろう。

 あと3ヶ月ほどだ。


 ◆◇◆◇◆


「ごめんなさい」

 その数週間後。

 もう何度目? の高瀬が頭を下げて謝る行動を俺たちは目撃していた。

「うん、別にいいよ」

「ああ、いいスタミナ練習になるだろ」

 春季大会の最北地区予選は、引きも引いたり1回戦から。加盟7校のうち3校は連合チームとして1つになり出場するので5チーム。だから60%(5分の3)の確率で2回戦からのくじを引けた、のだが……。

 とやかく言ってもしょうがない。高瀬の引きの弱さは今に始まったことではない。

「で、初戦は?」

「えーと、連合チームだね。大蔵おおくら農業・真室川まむろがわ・新庄商業の」

「ふーん」

 なんとはなしに、楽勝じゃね? という空気が広がった。

「過去の戦績は?」

「去年は全部初戦負けです。春は新庄栄に0-12の5回コールド。夏は大蔵農業が一旦抜けて2チーム構成ですが、赤湯あかゆ工業に1-9の7回コールド。秋は3チーム構成に戻って、最上向町に0-7の7回コールド負けです」

 資料を見るでもなく、清川はすらすらと言う。

「コールドばっかりじゃん」

 誰かが言った。

 コールドゲームということは、もちろん9イニング戦わずに決着したということ。つまりコールドゲームばかりということは、9イニングを戦い抜いた経験が少ないことに他ならない。

 なかなか点が取れなくて試合が長引いたとしても、こちらがボロを出さなければ勝てる可能性は大きい。

「で、登録メンバーが10人か。ウチより多いな」

 あっはっは、と米沢が笑った。ウチは9人だからだ。

「相手がラフプレーに出ないことを祈るばかりだな」

 縁起でもない。


 ◆◇◆◇◆


 しかし、結果からいうと、3校連合チームがラフプレーに出ることはなかった。

 こちらに何点取られても、笑顔を忘れない。

 エラーをすれば「ドンマイ!」、ヒットを打てば皆で「ナイバッチーー!」(多分「ナイスバッティング」の略である)。ほぼ声を出さないこちらに比べると、元気さや明るさという点では間違いなく相手が勝っていた。

 しかし、元気があれば勝てるわけではないのも、また野球……いやスポーツだ。

 こちらは、またもや高瀬がじゃんけんに負け、相手が後攻を取ったので先攻になった。しかしプレイボールから打者3人、僅か5球でこちらが先制すると、その後はどんどん点差が開いた。

 3点、1点、4点、1点、2点。

 今泉は最後のイニング、打者3人に投げただけだった。


『5回コールド、11対0! 舟形高校!』


 ◆◇◆◇◆


「で、次の相手は」

「村山高校だな」

「ああ、あの」

「チームの雰囲気最悪なとこか」

「前はね」

 俺が「前はね」というと、皆が一斉にこちらを向いた。

「村山高校を庇う気はないよ。でも、教師が変わって落ち着いた可能性だって、なくはないでしょ? 低いけど」

「まあな」

「だからそれは、試合の中で確認しようよ」

「うん、そうだね」

「確かに一理ある。決めつけでかかると痛い目見るからな」

 このチームの精神は、「石橋を叩いて渡る」ことかもしれない。

 勝ち気でイケイケな今泉以外は、常に最悪の場合を想定して動いているように見える。もちろん、俺もそのつもりだ。

 だって最悪の場合を想定すれば、それより被害が軽い事態は全て「想定内」になるだろう?

 だから最悪の可能性を否定しないことが大切なのだ。もっともそれは、「覚悟」ともいえるかもしれないけど。


 ◆◇◆◇◆


 さて、村山高校との試合である。

 別に面白くもなんともない。

 スポーツというのは、相手とこちらが同等に、最低限の知能・倫理観・スポーツマンシップを持っていれば面白い。

 だからこの試合は、面白くない。


「お前ら何をやってんだ!」

 相手ベンチから、野太い声が聞こえる。

 相手の監督は変わっていない。ああいう老害が選手を壊していくのかと思うと、なんだか怒りを通り越して憐れに見える。

 この前は怒りしか感じなかったのに今回は憐れみまで感じるのは、多分以前に比べて「勝つための野球をやって勝つ」というのが、俺たちの中で明確になったからだろう。

 6回を終えて3対0。

 こちらが3点リードしている。3回裏からずっと。

 相手は何を思ったか、先攻を取ってきた。前回の対戦で、9回表に痛すぎる追加点を奪われたというのが頭の中にあったのかもしれない。

 しかしふたを開けてみれば、今泉の快投。打撃も3回裏に、3連続四球を走者一掃の二塁打で還した。

 ちなみに二塁打を打ったのは二番の俺。イエイ。

 話を戻す。打撃は6回まで、こちらが俺の二塁打(もういいって)を含む3安打。相手の安打は……0。

 こんなところで一世一代の快投を見せるより、もっと後に取っといた方が良いんじゃないのか。そう思っていたら、三遊間を打球が抜けた。6回裏一死から、村山高校の初ヒットだ。

 アイツ、ムキになったりしないよな。

 しかし俺の心配をよそに、続く2者は内角へ直球。球威で押し、いずれも遊撃手・泉田への内野フライ。

 相手のスイングにパワーが足りないのを分かっていたのだろう。それでいて、つい手を出したくなるような場所へ制球した。

 これはバッテリーの勝利だ。米沢のしたり顔が見えた。


 特にこれといって、特徴もないチームだった。

 打撃なのか守備なのか、それとも機動力に特化したチームなのか。

 もちろん全てを鍛えているチームも多いが、それでも多少のチームカラーは出る。

 端的に言えば、村山高校にはチームカラーが「無かった」。

 打撃が良いわけでもなければ、守備でリズムを作るわけでもない。盗塁を積極的にしてくるわけでもない。

 繋ぐバッティングを、と言い聞かせているうちに、ボール球が4つ来た。

 これで7者連続の四球。4連続の押し出しで、7回コールド勝ちが決まった。

 スコア以外で勝った気がしなかった。

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