第34話 決勝

 1回戦2回戦を突破し、地区の一次予選決勝に辿り着いた。

 相手はやはり新庄栄で、栄は2回戦から一試合を勝ち上がった。


『東根 000 002 000 |2

 新庄栄000 110 001x|3』


 東根ひがしね高校に3x-2。もちろん勝ちは勝ちだが、結構苦戦を強いられたんだなということは分かる。

 こちらは1・2回戦ともにコールド勝ちだから、9イニングと12イニングで実質3イニングの差しかない。

 したがって、疲れの差はほぼ無いとみていい。


「新庄栄のヒットは7本で、そのうち単打が2本、二塁打4本、三塁打1本です。ホームランは無かったですけど、二塁打のうち2本は4回裏、三塁打は5回裏に出ました。あと、単打は2本とも内野安打です」

 読み上げた清川にスコアを見せてもらうと、確かにそうなっている。しかも5回裏は、その三塁打で出した走者をスクイズで還している。

 1点リードの5回にスクイズ。ということは、何としても1点でも多くリードしておきたかったということで、それはつまり相手投手が良かったということだ。

 三振も11を喫している。この間の合同練習を通じて新庄栄には、ヒットにはならずともバットに当てる選手は多いということが分かった。しかしこれだけ空振り、あるいは見逃しを取られるのは相手バッテリーの力に他ならない。


 まあ、それは今はいい。勝ち上がってくるのは栄だ。

「とりあえず先制点だな。この試合も、追いつかれはしてるけど結局逃げ切ってる。死ぬ気で1点取りにいこう」

 高瀬がそういうと、周りも「うん」「そうだな」「いつもと同じだな」と概ね賛同した。


 *****


 試合の日がやってきた。

 千歳は試合の日、いつも起きた瞬間から緊張が走る。

 試合をするのは選手たちなのに、なんで自分が緊張するんだか。

 昔の経験が、癖として染みついているのかもしれない。自分が指導すべき立場になっても、まだ変わっていないのだ。

 それに、今のチームはかなりいい雰囲気だ。

 当たり前のようにコールド勝ちとかしてきているが、よく考えれば昨夏前までは何十連敗もしていたチームだ。それなりの人材が揃っていたとはいえ、ここまでうまくいくとは思っていなかった。

 そんな雰囲気に自分が水を差してしまうのが、今は怖く感じる。

 たった今うまくいっているだけで、もしかしたら今日、ボロ負けするのかもしれない。

 いつから夢も希望も嫌ったんだろう。

 千歳は鏡を見た。

「……ひっでえ顔」

 生徒にこんな顔を見せるわけはいかない。

 両手で頬をパンパンと叩いた。


 ◆◇◆◇◆


 ――お願いすます、千歳監督。――

「お願いします、大石田監督」

 腰の状態はすっかり良くなったらしい大石田監督が、私に向かって挨拶した。

 ちなみに今の挨拶、選手たちはホームプレートを挟んで向かい合うが、監督と記録員はベンチの前で頭を下げる。

 つまり、私の声は相手ベンチには聞こえていない。向こうの言っていることも想像でしかない。


◆◇◆

 舟形オーダー

『一番 中堅手⑧ 高瀬

 二番 二塁手④ 吹浦

 三番 投手 ① 今泉

 四番 遊撃手⑥ 泉田

 五番 捕手 ② 米沢

 六番 右翼手⑨ 荒砥

 七番 一塁手③ 高擶

 八番 左翼手⑦ 瀬見

 九番 三塁手⑤ 古口』


 新庄栄オーダー

『一番 二塁手④ 犬川

 二番 左翼手⑦ 五日町

 三番 一塁手③ 萩野

 四番 捕手 ② 谷地田

 五番 遊撃手⑥ 松本(希)

 六番 右翼手⑨ 温海

 七番 中堅手⑧ 松本(海)

 八番 三塁手⑤ 栃尾

 九番 投手 ① 斎藤』

◆◇◆


 打順は、古口を九番に下げた以外ほぼそのままだ。古口についても下げたのであって、マイナス要素はない。

 一方、新庄栄の要注意選手は、一・三・四番に加え、外野守備の要である七番・松本海緒みおだ。ちなみに五番打者の希緒きおとは双子の兄弟らしい。


「プレー!」

 球審が指をさし、試合が始まった。


 ◆◇◆◇◆


 1回表、今泉は9球で終わらせた。

 初回くらいは三振を取りに来るのかと思ったが、どうやら勝つことしか考えていないらしい。

 あれも私の指導なんだろうか。

「監督。無死ノーアウト一塁ですけど」

「ああ、そうだね」

 攻撃中であることを失念していた千歳は、迷わずバントのサインを出した。

 が、二番吹浦と走者の高瀬は2人同時に、土ぼこりを払う動作をした。

 ――エンドランか。

 サインこそ出しているが、絶対ではない。相手を見て最適だと思う判断をしてね、と伝えてある。

 確かに、相手バッテリーは吹浦を見ている。初回に高瀬が盗塁したことが、ほとんどないからだろう。

 おまけに吹浦はバントの構えをしている。確実に送るぞ、としきりに腕も動かしている。

 任せよう――と決めた直後、初球だった。

 キィン!

 ミートが上手い吹浦が叩いた打球は、二塁ベースカバーへ入ろうとして虚を突かれた、二塁手・犬川の横を抜けていった。


 ◆◇◆◇◆


 力のない飛球が上がる。

 遊撃手の松本希緒が、がっちり取った。

「アウト!」

 2点……か。

 無死一・三塁にできた。その後今泉も続いて1点を先取した。

 だが、無死一・二塁となってからも1点。泉田に送らせたのだが、一死二・三塁としてからは、内野ゴロによる1点どまりだった。

 まあ、いい。欲を言えば3点取っておきたかったところだが、まず複数得点というのは大きい。しかし内野ゴロの後、二死三塁のチャンスは活かせなかった。

 まず、初回にエンドランを仕掛けたのはどうだったのか。

 四番の泉田に送りバントさせたのはどうだったのか。

 2点取れたのは、2点で終わったのは、どうだったのか。

 この初回の2点を、どう捉えればいいのか。


「勝ちゃいいんだよ、最後に勝ちゃ」

 今泉がそんなことを口にしていた。

 勝てばいい――。

 学生スポーツだぞ?

 いや、学生でもスポーツには変わりないんだ。

「ゆっちゃん、スコア見して」

「え? 何でですか?」

「恋愛にかまけて記録漏れしてないか確認するため」

「え゛っ」

 軽口をたたいても答えは出ない。試合は着々と進んでいった。

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