第30話 武器
「
「いえいえこちらこそ。室内練習場を使わせてもらっちゃって」
「いいんでず。こっちの都合だがらそのぐらいは」
合同練習が始まって数日が過ぎ、大石田監督は回復したようだ。
「はい、じゃあ皆で礼をしよう。……じゃあ高瀬くん、代表で挨拶お願い」
指名された高瀬は「俺⁉」と驚きながら、やってくれた。
「えーと、4日間ありがとうございました。栄さんの練習を見て、
*****
「おい高瀬、宣戦布告してどうすんだよ」
「そうだそうだ」
週明けの月曜日。
視聴覚室に集まった俺たちは、この前の高瀬の挨拶をいじくりまわしていた。
「急に言うように言われたから、ああ言っちゃったんだよ。悪かったね」
「少なくとも向こうは、俺たちのこと眼中にないでしょ」
「眼中にはあるんじゃないか? 同地区だし」
俺たちが無駄話をしていると、監督が部屋に入ってきた。
「はいはい。今日は君たちの武器について話そうか」
「武器ぃ?」
「そ」
唐突に切り出した監督に、俺たちは皆疑問形で反応した。
「おい、俺たちに武器なんてあるのか?」「一応守備力はあるんじゃね?」「でも守備だけじゃ勝てないぞ」「バッティングは?」「一番から五番の上位打線を除くと、打率は皆2割切ってますね」――どう考えたって守備力以外の武器はない。それに守備が武器だとしたって、今誰かが言ったようにどうにかして点を取らないと勝てないのだ。
「そこだよ」
「え、どこですか?」
またしても笑いを取ろうとボケた高擶に、監督は「いや、そんな使い古されてるネタやらなくていいから」と苦笑いをした。
「まあ、それはともかく。今、皆考えてたでしょ。『ああじゃないか』『いやこうじゃないか』って」
「ええ、そうですね」
「それこそが武器。皆で考えることがね」
俺を含め、それが武器だと思っていた奴はいないだろう。なぜなら勝負事に勝つうえで「考える」ことは当たり前だからだ。
それに団体競技なら、誰か1人が考えたってたかが知れている。皆が別々の視点で、別々の考え方をするから意味があるのだ。
「皆、考えるのは当たり前って思ってるかもしれない。もちろん当たり前といえば当たり前。でも、それができてないチームがあるのも事実だからね」
「じゃあ、何を考えるんですか」
「それは、勝つためにすることを導き出すんでしょ。はい、今日は話し合い」
そう言うと監督は、さっさと教室を出ていってしまった。信任なのか放任なのかは分からないが、忙しいであろうことは分かった。
「えーどうすんの」
監督の放任っぷりに呆れている遊佐が、最初に口を開いた。
「とりあえず話し合うか。ホワイトボード、使ってもいいのかな?」
「いいけど、ノート取る奴も要るだろ」
「オッケ、それ俺やるわ」
「お前は字が汚いから、誰か他の人やって」
全員が譲り合って始まらない。
「じゃあ俺、ノートに取るよ」
俺が申し出ると、「ああ、吹浦ならいいかな」「うん、字ぃ綺麗だし」「高擶とか米沢とか、めっちゃ汚いもんな」と概ね賛同してくれた。
「じゃあ、ホワイトボードに書くのはアタシやります」
白河がそう言って前に出てきてくれたので、それで話し合いが始まった。
◆◇◆◇◆
「監督、これ昨日の話し合いを纏めたものです」
「ああ、ありがとう。律儀だねぇ」
監督は昨日、俺たちの話し合いが終わったことを見計らったかのように、丁度良く視聴覚室に戻ってきた。それで昨日はそのまま解散になったので、話し合いの内容を伝え忘れていたのだ。
「……で、律儀なのはいいんだけど」
「はい」
「吹浦くん、今朝から身体がだるかったりしない?」
「……まあ、少しは。でも、いつもだるいみたいなもんですから」
俺がそう言葉を返すと、監督は溜め息を吐いた。
「吹浦くん、ベタなこと言うけどね。休むのも練習のうちだよ」
「休んでますよ。夜は」
「大事を取って、って意味だよ。もしかして、学校休んだことないとか?」
言われて気づいた。
俺には、学校を休んだ記憶がほとんどない。
小学生の頃はもう忘れてしまったけれど、中学時代は一日も休んでいない。卒業するときに皆勤賞をもらったからだ。
それに、一日でも休んだら置いていかれる気がした。勉強も、野球も。
だからできるだけ行く。俺は遅れた分を簡単に取り戻せるような奴ではないから。
「だからね吹――ん、休む――は――り休――、次の――」
朝は動けたんだから学校へ行かな
◆◇◆◇◆
目が覚めると、俺は家の布団の中にいた。
「あ、起きた?」
蒼依さんが俺の顔を覗き込む。
「学校で倒れたんだってね。無茶はダメだよ」
「……蒼依さん………仕事は……?」
「早退したよ。こんなんでも、会社ではいつも真面目に働いてるからね」
おそらく「学校で私の子供が倒れたみたいで」とでも言ったのだろう。
倒れたのは本当らしいから嘘はついていないと思うが、実態はただの風邪だ。
そういえばここ数日、寒暖差が激しかったのを思い出した。自己管理能力の低さを恨む。
「はい、おかゆ。食べられるだけ食べて。……それとも、食べさせてもらう?」
「……へ?」
「樹ちゃん来てるよ」
その時部屋のドアが開き、遊佐が顔を出した。
「やっほー。無事?」
「……え、練習は?」
「今日はもう終わったよ。監督も『吹浦くんにはああ言っちゃったけど、最近寒暖差が激しくなったのが理由だよねぇ。私にも責任の一端はあるよな』って。妙に早く終わっちゃった」
わー。俺のせいで練習時間短くなっちゃったんかーい。
風邪で頭がボーッとするからか、テンションがおかしくなっている。
「言っとくけど、明日からは通常通りだからね、練習。今日だけ終わりを早めたのは、皆への体調維持の意識を高めるためっていうのもあるらしいから」
どちらにせよ申し訳ない。
「樹ちゃんに感謝しときなよ。肩貸しながら連れて帰ってきてくれたんだから」
「……ん。遊佐、ありがと……」
「えっ。ああ、いや、うん、気にすんなよっ」
その後、体力も少し回復したので、遊佐の「口開けて。あーんさせて」という要望は「そんなラブコメみたいなイベント要らないから」と丁重に断っておいた。なぜか残念そうだったが。
食べ終わって寝ているとき、頭の辺りを触られていたような気もするが、よく覚えていない。
翌日は『大事を取って』休まされ、俺が次に学校へ行ったのは木曜日だった。
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