第29話 合同練習

「はい、明けましておめっとさーん。じゃあ練習始めるよ」

 監督はあっさりと、俺たちに新年の挨拶をした。というより、なんだか機嫌が悪そうだ。

「監督、なんか嫌なことでもありました?」

「なんでそう思うんだ?」

「いや、まあ、なんとなくですけど」

 高瀬は全く物怖じせず、真相を聞いた。

「ああうん、当たり。まあ、そんなとこ。親戚の集まりが凄くてさ。挨拶回りで疲れたんだよ」

「ああ、なるほど」

「まあそんなことより、練習練習」

「はい!」


 *****


「まあ無駄話はこれぐらいにすて、はい、練習開始!」

「「はいっ!」」

 新庄栄高校グラウンドも、雪に包まれていた。「練習」というのは勿論、グラウンド整備――要は雪かきである――があらかた終わった後に行う。

 新庄栄高校監督の大石田も、重い雪の煩わしさには手を焼いていた。

 しかし同校出身の大石田にとっては自らも通ってきた環境であり、むしろそのような環境からどこまでチームを強くできるかというのに燃えている節もある。

 雪かきを含めた整備は、大石田が選手であった頃には部員たちが総出で行い、監督は見ているだけだった。

 しかしその辺りは合理主義者で、じゃんけんで勝った部員1人に用具を出すよう指示し、自身は部員と雪かきをするようにしている。

 丁度彼の目の前に、大きそうな雪の塊があった。

 ――これぐれぇくらいなら、一回でたがぎ持ち上げでどがしぇるどかせるな。

 しかし大石田は、自らの年齢と身体の状態を忘れていた。


「あれ? 監督はどうした?」

「あっ、あそこにうずくまってるぞ!」

「監督ぅ! どうしたんですかぁ!」

 部員が次々に駆けよってくる。

「おら悪いな、……腰、やっちまったみだいだ」

 痛みをこらえながら、そう言うのがやっとだった。


 *****


「はい、お電話代わりました千歳です」

『ああ、千歳監督でいらっしゃいますか』

「はい」

『度々申す訳ねぇです。新庄栄の大石田です』

「ああ、大石田監督ですか。何かご用件が?」

『ええ。実は、こぢらどそぢらで、合同練習さしぇでいだだげねがど思ってるんですけんど』

「え?」

 千歳は驚いた。練習試合ならまだ分かるが、大石田ほどの経験値を持つ人物が格下チームの監督を頼ってくることはそれほどない。

 まあ、規定からして冬期の練習試合申し込みもあり得ないのだが。

『実は、ギックリ腰やってすまいますて。練習メニューは主将に渡しでありますからこぢらの心配はすねぐで構わないんですけんど』

「はい」

『監督の私が動げねってのも不便だすし』

 ああ、なるほど。

 やっぱりこの監督は、選手のことを第一に考えている。

 。と、千歳は思った。

『あ、あと、この前作った室内練習場。あそごも部員だぢに言っておぎましたがら。共同で使うがらって。んだがらなんとが、お願いでぎねえでずが』

「分かりました。学校側と相談のうえで、こちらからまた折り返し連絡します」

 室内練習場などない舟高では、室内練習場を使える機会はほとんどない。

 とすれば、このチャンスを逃すべきではない。

 千歳は早速書類を作り、校長室へ向かった。


 *****


「こんにちは!」「ちはっす!」「こんちゃーっす!」

 翌々日。

 舟高部員11人と監督1人(千歳)は、新庄栄高校に来ていた。

「「おねあいしゃーーっっす!」」

 しかしやはり、舟高以上に挨拶の声が大きい。部員数は舟高の4倍以上、48人を数える(もっとも、舟高の11人という布陣が少なすぎるからなのだが)。

「じゃあまず、一人ずづ挨拶すてもらえますかい」

 新庄栄の大石田監督が促す。ギックリ腰で杖はついているが、どうにか歩けるらしい。

「それじゃ監督から。えーと、舟形高校野球部監督の千歳香奈です。本日は合同練習という機会を頂きありがとうございます。双方にとって、この合同練習を有意義なものにできたらと思います。よろしくお願いします」

 沸き起こる拍手。

 その拍手にはおそらく、美人監督が来たという歓迎の意も込められているだろう。

 栄・舟高ともに、女子からの視線が少し冷たい気がする。

 まあ、それはそれとして、言おうと思っていたことをほとんど言われた。しょうがないから俺は「今日はよろしくお願いします」とだけ言っておいた。


「「ヘーイ!」」

「「サ、コォーイ!」」

「皆元気あるねぇ」

「そうね」

 新庄栄の練習風景を見ていると、やはり活気があることが分かる。

 40人以上という近辺一の大所帯ではあるが、それにしてもよく聞こえる。

 反対に俺たちは、練習ではほとんど声出しをしない。その辺りから、学校中の多くから「元気もないし目立たない」と認識されているのかもしれない。

 ちなみに合同練習といってもグラウンドと室内練習場を分け合っているだけで、合同ノックとかはしない。大石田監督は例のギックリ腰で動けないし千歳はノックができないからだが、合同練習を持ちかけたのは、大所帯で監督が動けないとなると目が届きにくいからということらしかった。


「でっかいですね、室内練習場」

「うん。ていうか君たち、ほとんど2年生なんでしょ? タメ口でいいよ、俺も2年だから」

「あ、そう?」

「うん。俺は、普段はセカンド守ってる犬川いぬかわ。吹浦くんだっけ? ポジションどこなの?」

「あ、えーと、実は自分もセカンドで」

「へえ、そうなんだ!」

 俺は正直、こうしてズカズカ距離を詰めてくる人が苦手だ。

「そういえばさ、今年のセンバツ知ってる? 静岡県から2校選ばれそうなんだよ」

「へえ。どことどこだっけ?」

 でも、野球の話が嫌いなわけではない。だから犬川とは話が弾んだ。

「えーと、東海大会優勝が田子たごノ浦のうら学園。準優勝が操政そうせいだったかな」

「ふーん。操政って、あまり聞いたことないな」

「ああ、甲子園に出たことないらしいからね。でも東海大会は基本2枠だから、優勝校と準優勝校で順当。だから操政は初出場になるんじゃないかな」

 よく知ってるなと思いながら話していると、監督がやってきて「ほらー練習練習。ノルマはないけど目標はあるんだからね」と呑気な口調で言った。

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