第18話 秋季大会

「初戦は栄でーす」

「うえーい」

 秋季大会の地区予選抽選が終わった。二つの意味で。

 というか、新庄栄と愛称良すぎだろう。いや、悪すぎだろう。何年連続だよ。うえーいじゃないよ。

「まあ、対策は立てやすいだろうね。お互いに」

 監督はそう言うと、教室前方にあるホワイトボード用のペンを手に取った。

「2年生バッテリーが残ってるね、まず」

 喋りながら『伊佐』と『南野』、春の公式戦で先発した『鳥越』の名前を書く。

「あとは…」


「あ、監督」

「何?」

「というか、皆も。情報は一つでも多いほうが良いかと思うんで」

 手を上げたのは米沢だった。

「春大で、五番に新町あらまちって一年が居たじゃないですか。あいつ、元チームメイトで後輩なんです」

 そうだったのか。そういえば、新町は最初の2打席打ち取られていた。1打席目は守備側有利と言われるが、事前情報無しにクリーンアップの打者を2打席目も打ち取るのは難しいだろう。

「中学時代はインコースが苦手でした。一応言っておきます」

「オッケー」


 *****


 試合の日はあっという間にやってきた。

 秋季大会は9月。練習に勤しんでいる間に夏休みは終わってしまった。

「礼!」

 相手はまたまた新庄栄。1年の新町は、変わらず五番に座っている。

 新町は太っていて、前回の対戦では大振りが多かった印象がある。だから際どいところを突けば、というのが共通認識だった。

 だが、それこそが間違いだった。


 金属音が耳をつんざく。

 打球が左翼手と中堅手の間を抜けていく。

「タイム!」

 監督が声を上げた。

 スコアはこれで0対5。今泉は初回から打たれっぱなしだ。一回裏の一死二・三塁で、新町に適時二塁打を打たれたのを引きずっているのだろうか。

「……悪い。あと、頼む」

 マウンドを託された俺からは、外野に下がる今泉の背中が小さく見えた。

「米沢。今泉が弱ってるの、見たことある?」

「ん? ああ、まあ。何度か、な」

「そういう時って、どうしてるの?」

「んー、あいつは一人で立ち直っちゃうタイプだからな」

「そう」

 とりあえず今の俺にできるのは、傷口を広げないことだけだ。


 でも、あがいても無駄、というほどではないが抑え切れなかった。

 栄は基本に忠実に、嫌らしい野球をしてきた。盗塁、かと思えばそのままエンドランを仕掛けてきたり、その直後に送りバントをしてきたりした。

 俺は5回途中から8回まで投げて2失点。5点の差は、ほぼ埋まらぬまま9回表を迎えた。その最終回も既にツーアウト、走者は一人もいない。

 ここで回ってきた今泉は、今までに見たことがないくらいに気のないスイングをした。最後は一塁手への小フライで、新町がガッチリとボールを掴んだ。


 *****


「3対7か……」

 監督は、遊佐が書き込んでいたスコアブックを見たまま呟いた。やがて顔を上げると、言い放った。

「君たちさ、勝つ気ある?」

 初めて聞いた(ような気がする)、監督の冷たい声。それは、俺たちを反省させるには十分だった。

「勿論、気持ちだけじゃ勝てないよ。でもこの試合で5点差をつけられた後、諦めずにいた人はいた? いたら手、上げて」

 誰も上げなかった。

 それを見て監督は、一つ溜め息を吐いた。

「高校生だからとか、今は関係ないよ。君たちは勝ちたいんでしょ? ……気持ちだけでも食らいつく精神力がなかった」

 結局、精神論か。

「まあ、精神力だけで決まるわけじゃないけどね。でも今日の試合、少なくとも栄の方が声は出てたな、後半」

 確かにそれはそうだ。でも、監督は。

「監督、今日はほとんど指示出さなかったじゃないですか。何でですか」

 俺より先に言ったのは、泉田だった。

「君たち、学生スポーツで大事なことって、何だと思う?」

「人間育成」

 俺が言うと、一瞬全員が固まった。

「そう、まさにそれだよ。人間育成。勝つためにやるのは勿論大事だけど、果たして監督のイエスマンになることが人間育成になると思う?」

 そういう理屈か。確かに筋は通っている。

「確かにな」

 声がした方向を向く。今泉だった。

「俺たちは誰かのためにやってんじゃない。自分たちのためにやってんだろ? ……まあ、んなこと言っても、打たれた奴の言い訳だけどな」

「でもそれなら、一言言ってくれれば良かったじゃん」

「そうだね。でも君たちは、指示がないからって指示待ちをするの?」

「……」

「正直、栄に勝つのは今のチームじゃ難しかった。けど、君たちがそれぞれの役割をこなせば、もう少し食らいつくくらいは出来たと思うんだけどなぁ。……がっかりした」

 監督が、それ以上言葉を発することはなかった。

 また一人、幻滅させた。もうさせないと決めたのに。

 俺は、野球よりチームより監督より、そんな情けないことが頭に浮かんだ。


 *****


 チームはほぼバラバラだった。空中分解とかいうレベルではない。離陸した直後に墜落した飛行機のようなものだった。

 それなのだから、いっそ負けていれば良かったのだ、次の試合も。

 負けてボロボロになって、それで再スタートできればまだ良かった。

 でも、地区の二次予選、一回戦で戦うことになった村山むらやま高校は、舟形うち以上に荒んでいた。

 ミスをすれば「しっかり」「ドンマイ」ではなく「ちゃんとやれ」「下手くそ」という怒号が、監督から飛んでいた。その度に、ベンチの選手たちがグラウンドを見てほくそ笑んでいた。

 あんなチームに負けるのは嫌だ。その思いが、怒りと共に沸々と湧いてきた。

 結局試合は、1点リードの9回表に相手内野手の悪送球で2点を追加し、5対2で勝ったというものだった。

 追加点が失策なのが駄目なわけではない。むしろままあることだ。

 悪かったのは、中盤戦の試合運びだ。序盤に3点取った後は、打線が繋がりを欠いていた。その序盤の3点も、米沢の押し出し四球と泉田のツーランホームラン。この試合、ウチの下位打線にヒットは無かった。

「……勝てないよなぁ。これじゃ」

 村山戦が終わった後、誰かが呟いた。

 ベスト4という目標は、暗く長いトンネルの向こう側なのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る