第41話 結論
「千歳先生」
教頭の大滝が話しかけてきた。
「はい、なんでしょう」
千歳は、面倒臭いのが来た、と思いながらも応対した。
「こちら、高野連からの書類です。学校に送られてきましたが、野球部の問題でもありますのでお渡しします」
「ああ、はい。ありがとうございます」
協議が行われた日から数日が経った。恐らくこの書類は、舟高野球部を大きく左右するものになるだろう。
「あ、あと」
「はい」
「春の県大会、出場したんですよね。今更ですが、そのことはおめでとうございます」
「え、はい。ありがとうございます」
(どういう風の吹き回しだ?)
結果を出せば考えてやらなくもない、と随分前に言っていたのは覚えているが、何か気に障ることでもあったのだろうか。
まあ今更、署名活動までしている時点で、目をつけられていることに変わりはないのだが。
(さてと……)
紙数枚程度だと思うが、この書類は随分と重く感じる。
千歳は意を決して封筒を破り、書類を取り出し、文面を刮目した。
*****
「へぇ~」
「じゃあ、つまり」
「認められるってこと、ですか?」
俺たち12人は、今すぐにでも飛び上がりたい気持ちを抑え、監督にもう一度確認した。
「うん。特例だけど、認めることになったって」
「へぇ……」
俺は、言葉が出なかった。
便宜を図ってくれたことへの感謝をすればいいのか、それとも大人たちに一つ土をつけたことを誇ればいいのか。
「いやっほぉぉい!」
「やったぜ」
「これで遊佐と白河が出られるってことか!」
俺以外は皆盛り上がっていたが、正直実感が湧かなかった。
「あー、盛り上がってるとこ悪いんだけど」
そこへ監督が、申し訳なさそうに口を挟んだ。
「形式上は『認められた』ってことになってるけど。色々と特例のための条件もあるから、その書類は皆でよく読んどいてね」
◆◇◆◇◆
『貴校の署名活動も含めた規定改正の運動を真摯に受け止め、よりよい学生野球の道を模索致しました。その結果、現在の規定(参加者資格規定第5条)に以下の特例を設けることで対処いたします。
なおここからは、下記の条文の引用をもって、現在の高野連の見解、及び結論とさせていただきます。
――記――
「[規定第5条に関する除外及び特例措置]
以下に示す県の高校野球連盟に加盟している男子チームにおいて、野球部に所属している男子選手が7人以上9人以下である場合、かつ野球経験のある女子選手が部員として登録されている場合は、当該県の高校野球連盟に承認を得ることで、女子選手をベンチ入りさせることができるものとする。
『青森県、秋田県、山形県、福島県、富山県、石川県、三重県、滋賀県、奈良県、和歌山県、鳥取県、香川県、徳島県、山口県、佐賀県、長崎県、大分県』
但し、女子選手の登録は一チーム二名までとし、登録させる場合は男子選手との区別の観点から、背番号は一人目を㉑、二人目を㉒として登録させるものとする。
また、上に挙げた該当する県は、2021年6月12日現在、県内に女子硬式野球部が未設置という状況を加味したものである。そのため今後、当除外条項に該当する県の数は、その県の状況も踏まえ、適宜見直しを図る。」
◆◇◆◇◆
「吹浦」
「ん?」
「その……色々、ありがとう」
その日の帰り道。
列車の中で、遊佐に感謝の言葉を貰った。
「よく分かんないけど、今年の舟高なら承認さえ得られればいいってことでしょ?」
「そういうことだね」
「本当に感謝してる。私、ベンチ入りなんて夢にも思ってなかった」
「俺にじゃなくて、学校にいる時に皆に向けて感謝すればよかったのに」
確かに、署名活動が一つの要因になったことは事実だ。
でもそれは、俺一人の力じゃない。皆が清川さんの意見に賛同して、本気で取り組んだからできたことなのだ。
むしろ俺は、今回の署名活動では協力したというには程遠い。
「ううん、違うんだ。もちろん、他の皆に感謝もしてる。でも、今は違うよ」
「何がさ」
「私、高校でも野球を続けるって決めた時、その瞬間に、3年間公式戦を諦める覚悟はできてた。……できてたつもりだったんだ」
「………」
「でも、やっぱりその覚悟はできてなかったんだって、記録員としてベンチに入る度に気づかされた」
覚悟なんて、一瞬でできる方が難しい。「しろ」と言われてできるものでもない。
「だから、くすぶってたんだよ、ちょっとね。本当なら、練習に集中できてなかったのかもしれない。でもそうならなかったのは、吹浦のおかげなんだ」
「なんで? 俺、何もしてな――」
俺がそう言いかけると、遊佐は人差し指を俺の唇に当てた。
キザすぎる。けど、どうしようもなくドキドキした。
「何もしてなかったら、私は吹浦に……君に惚れてなんかない。……毎日毎日、練習頑張っててさ。そこまでは他の人も同じかもしれないけど、陰で頑張ってくれてたこと、見てないわけじゃないんだよ。後片付けを何も言わずやってたりとか、清川さんが入る前は皆が見てない間にボールの縫い目とか直してたでしょ」
「あー確かに。遊佐に見つかったことあるな」
1年生の時だっただろうか。
一人で壊れかけの練習用ボールを直しているところを、遊佐に見られた。
――なんで他の人に言わないの?「俺が直しといたよー」とか。
「見せびらかすの、嫌いなんだよ」
「ふふ。いっつもそう言うよね」
『間もなく、北山形です。左沢線寒河江・左沢方面ご利用のお客様……』
そこまで話して、俺たちは列車の座席から立った。
*****
時は数日前に遡る。
「日本高野連もね、偏屈爺ばっかりって訳じゃないんですよ」
「操政高校の問題が絡んでるんじゃないですよね」
坂城の切り返しに加茂は、つくづくやり手の人だなぁ、と感心していた。
電話は、日本高野連からだった。同日同時刻に会議が開かれており、やるなら統一して全国に、となったらしい。
ただ、楡原のいう「偏屈爺」が高野連にいないわけではないので、一種の妥協案として「女子硬式野球部がない県」という条件の文言が足されるらしい。
「んだげっども、よぐ取り付げましだね」
加茂が楡原に言うと、楡原はニヤリと笑った。
「この文言で承諾させたからには、大丈夫ですよ。最後の『適宜見直しを図る』は、『削減していく』と書いたわけじゃありませんからね」
その言葉を聞いて加茂は再び、やはり高野連の上層部は手強いな、と思い、襟を正したのだった。
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