第40話 協議

 高野連本部の電話が鳴った。

『日本高野連の楡原にれはらです』

「ああ、担当者さんですか」

『はい。改めて伝えておきますが、今度の木曜日、新庄栄高校そちらへ伺います』

「はい、それで大丈夫だす」

『あ、あと。これは男子だけの問題ではないので、女子高野連の坂城さかき理事長にもお越しいただくことになっていますので』

「あ、はい。分がりました」

『それでは、当日16時に。よろしくお願いします』

「はい、こぢらごそ」

(来んべぎ時が来だな)

 電話を切った後、山形県高野連の理事長である加茂は、改めてそう思った。

 先日、署名活動について、山形県高野連の見解を発表した時のことを思い出した。


 ◆◇◆◇◆


 ――まず、高野連の見解をお聞かせください。

山形県高野連わたくしどもといたしましては、できるのなら出場させてあげたいという気持ちも勿論あります。先日開いた臨時の理事会でも、大体はそのような意見でまとまりました。しかし、これは山形県だけの問題ではないということも事実です。ですので今のところは『県高野連として』こうした見解である、というところまでに留めさせていただきます」


 ――署名活動という手段については、どうお考えですか。

「それについては舟形高校さんが選んだ手段でございますから、高野連の方から何か明言することはございません」


 ――これから、高野連としてはどのような対応になりますか。

「まずはこのような意見が出て、しかも署名まで集まっている以上、何らかの話し合いの場は設けたいと思います。日本高野連に連絡をとっているところです」


 ――では、認められる可能性もある?

「ないことはないですが、それも協議の進み方次第ですので、今ここでの明言は避けさせていただきます」


 ――認められるとすれば、どのような形で?

「あくまで私の想定でございますが。やはり署名活動でも舟形高校さんが仰られていた、人数が足りない、もしくはギリギリの場合の救済措置という形での特例になると思います」


 *****


 木曜日。今日が運命の日だ。

 練習が手に付かない。

 監督もそんな俺たちの心象を察したか、「怪我でもしたら困るから、今日は練習なし!」と言って解散させてしまった。

 練習がなくなっても、俺たちは学校に残っていた。全員の帰り支度が終わるのをのんびり待ち、誰いうともなく駅までやってきてしまった。

 俺、遊佐、米沢、清川、白河は列車で帰るが、町内在住の6人と自転車通学の今泉は駅まで来る必要はない。が。

「なんで全員来るんだよ」

 最初に声を上げたのは米沢だった。

「別にいいだろ、たまには」

 自転車を押しながら来ていた今泉が返す。

「まあ、今日は、な。……そうだよな」

 大体分かる。皆、不安なのだ。

 数日前、県の高野連から公式見解が発表された。それによれば、中央政府的な位置づけである日本高野連との協議次第だという。

 そして今日、その協議が行われている。

 学校側からお咎めはちょこっとあったものの、監督が校長から口頭で注意されただけだったらしい。案件が案件であるだけに、教頭も幕ノ内もそれほど言ってはこなかった。


 *****


 その頃、新庄栄高校では話し合いが続けられていた。

「しかしですよ。今まで男子だけでやって来たんです。男子競技である以上、女子は受け入れてこなかった。それを今更変えるというのは……」

 楡原はやはり、保守的な立場だった。

「いや、だからこそです。この先、人口が増える見込みはない。いや、既に少子化という形で人口減少は表れているんです。このままにしていては、それこそ高校野球の衰退に繋がるのではないですか」

 加茂は先日行われた県内の高野連理事会での意見を、そのまま伝えた。余談だが、山形県高野連は他県より年齢層が低めらしい。

 するとその意見に、女子高野連の理事長である坂城も賛同した。

「私も、加茂理事長の意見に賛成です。それに、家庭の事情で女子野球部がある学校に行けない人だっているわけです。もちろん、現状は男子と分けている以上何らかの基準は必要ですが、杓子定規になり過ぎてはいけないと思います」

 坂城は厳密にいえば賛成という立場ではないだろう。なぜなら、この協議が直接女子野球の発展に繋がる可能性は低いからだ。


「加えて、まだ山形県内には女子野球部がありません。とすると県内の子たちは、県外の学校に行くか、野球をやめるかの二択を迫られるわけです」

 坂城がそう言うと、楡原は考え込む仕種を見せた。

「ふむ……。女子野球部創設の動きは、今のところないと?」

「いえ、山華やまはな学園で動きがあります。しかしこちらも、現在は加盟準備中という段階で、実際に創設されるのは再来年度のようです」

「では、その時までの救済措置でも良いのではないですか」

「う~~~ん、しかし……」

 楡原の回答は要領を得ない。

 それもそのはずだ。今回は山形県の高校野球界でこのような議論が起こったというだけで、全国的に認めるとなると話が違う。

 女子硬式野球部は、関東1都6県に全てチームがあるほかは歯抜け状態である。東北全体を見渡しても岩手県と宮城県にそれぞれ1チームずつがあるのみで、他の4県は加盟チームがまだない。

(難すいどごろだよなぁ)

 特例とはいえ、男子チームに混ざることの難しさ。

「受け入れてくれるチームがあったとしてもねぇ……」

 やはりだめか。

 するとその時、楡原の携帯電話が、着信で震えた。

「すみません、ちょっと」

 楡原は携帯を取り、応答した。「途中で電話する可能性があるので」と断りを入れていたのは、このためだったのか?

「加茂理事長」

 坂城が加茂に声をかけた。

「はい」

「楡原理事長の電話中に言うことではないかもしれませんが。本日は私の同席をご承諾して下さり、ありがとうございます」

「いえいえ、ほだなこど」

「女子に少しでもチャンスが広がれば……と、同席をお願いしたのです。私の選手時代は、叶いませんでしたが」

(そうだったのが)


「すみません。お待たせしました」

「楡原理事長も、私の同席を許してくださってありがとうございます」

「え? ああ、その事ですか。いえね、女子に関わることを男ばっかりで話し合ってもということでしたし」

「それより楡原理事長、さっきの電話は何だったんですが?」

 加茂は不思議に思っていた。

 電話を取るかもしれない、と断ったこと。実際に電話がかかってきたこと。

 つまり――。

「この協議さ関係する何がを、連絡すてだんじゃねぇですか?」

「……鋭いですね」

 見抜かれた楡原は、通話の顛末と結論を、2人に語り始めた。

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