第39話 他人頼み
『没収試合で終わった春を取り戻す ――舟形高校野球部、女子選手の特例認可に向け署名活動へ――』
そんな見出しの記事が載ったのは、署名活動の開始から一週間ほど経ったときのことだった。
『山形県の舟形高校野球部が、女子選手のベンチ入りを認める署名活動を始めている。舟形高校は新入生が全く入らず、現在の男子部員は3年生9人のみ。それでも県大会の本選に出場するなど力をつけてきていた。
しかし県大会1回戦で、選手1人が負傷退場し、試合を諦めざるをえなくなるという事態に直面した。記録上は0-9の没収試合だが、もし女子選手2人の登録が認められていたならば、負傷退場が出た時点で敗北ということにはならなかった。
このことから舟形高校の部員たちは、顧問と協力し署名活動を始めることを決断した。3年生の主将・高瀬君は「何もしないで諦めたくはないし、最後の大会で春と同じような負け方はしたくない」と語る。
この思いが高野連に届くのか。署名は28日時点で1万近く集まっている。』
◆◇◆◇◆
「すげぇな」
「すげぇね」
俺たちはほぼ語彙力を失っていた。
何しろ、始めてから1週間で1万近く集まったのだ。もし話題性が続いてこのままのペースで増えるとなると、3週間で3万筆の可能性もある。
ただ、そんなに上手くはいかないだろう。
しかしこれだけ集まれば、高野連が何らかの見解を発表することはあるかもしれない。
「結局、他人頼みってことか」
「別にいいだろ。使う手は使うまでだ」
練習をしながら署名数のチェックをしなければならないことになったが、デメリットよりメリットの方が大きいことは明らかだった。
「それに、2人の登録がもし認められたら、一気にベスト4も見えてくるしな」
「それは確かに」
「一塁と三塁のベースコーチャーを任せておけるわけだもんな」
チーム内に反対の声はない。だからこそ今回の挑戦が実現したわけだが、一方で不安もあった。
それは、高野連に直接要求するのではなく、署名というやり方を使っていること。
次に、学校側になんの相談もしないでしていること。
この二つの点だけ見ると、かなり危ない橋を渡っているともいえる。
ただ、それだけのリスクを冒さなければ規則変更なんていうことは認められないよな、とも思っていた。
*****
(こだなこどやってるのが、舟高は。今度もまだ挑戦的だなぁ)
大石田はネット上の署名サイトを見て、そう思った。
ただお願いするのではないのだ。多くの人に共感を得てもらったうえで、数の勝負に持ち込もうとしている。
高野連だって所詮は、ただの人間で組織された団体だ。世論が大きくなればなるほど、無視するのは難しくなる。
それに今は情報化社会。女子選手の登録を認めるかどうかはともかく、何の反応も示さないでいるとそれだけで批判をくらう可能性だってある。「黙殺された」と解釈する人たちも少なからずいるからだ。
加えて、保守的・閉鎖的なイメージのある高野連に、はっきり言って良い印象はあまりない。だからこの署名の中には、応援より高野連への不信感からという人もいるかもしれない。
この署名活動が成功するかどうかは分からない。今現在だって、女子に対する野球の門戸は広がってきており、女子野球部も増えてきている。どうしてもやりたいならそっちでやってくれ、という意見も間違いなくあるだろう。
ただ、その広がり方が亀のごとき遅さだというのも、また一つの見過ごせない点である。何より山形県内には、女子の硬式野球部がない。そういう意味では、署名成功へのプラス要素である。
(結局、五分五分ってどごろがなぁ)
自らもちゃっかり署名した大石田は、パソコンを閉じると妄想に耽った。
遊佐と白河が、男子と一緒に球場でプレーしている妄想だ。
翌日。
「
大石田は、新庄栄高校の校長である加茂に声をかけ、署名活動のページを見せてみた。
「ん? ああ、それね。県内・県外問わず話題になっでるな」
加茂は五十代半ばと定年も頭をチラつく年齢だが、大石田と歳が二つしか離れていないこともあって、気心知れた仲である。選手時代も先輩後輩の関係だったから、そういう点でも良い意味でなんでも言い合えるのだろう。
「これだけの活動を見て、何が思うどごろはありますか? 加茂さん……いや、加茂理事長」
「よすてぐれよ。おらなんか今年がら任されだペーペーなんだがら。……全ぐ、定年前さ回って来るどは。どだな巡りあわしぇなんだが」
そう言って笑った加茂は、現:山形県高野連理事長である。
選手として、そして監督としても中々のキャリアを積み上げてきた加茂は、5年ほど前に監督業を離れた。大石田がやって来たからだ。
それから時は経ちどういう訳か校長になり、今度は県高野連理事長という役職も貰った。加茂自身は荷が重いと考えているようだが、加茂を尊敬し慕う大石田は、そうは思っていなかった。
「ま、大石田監督の言うとおりだ。理事長どすても、何らがの行動起ごさねばいげねぇね」
高野連理事長という立場から加茂は、取り敢えずそう答えておいた。
*****
その日の夜。
加茂の携帯電話に、着信が入った。
『もしもし』
「ああ、もすもす。珍すいな、電話がげでくるなんて」
『いや、まあ、ちょっと話があって……』
「署名活動の件がい?」
電話の向こうで、息をのむのが分かった。
「分がるさ。今、有栖は
『………』
「電話がげだぐらいで
『……私は、あの2人が、公式戦に出られなくてもどれだけ頑張ってきたか、この眼で見てきた。その頑張りは、今回の署名活動に値すると思った。……それだけ』
「そうが」
『そう』
「そうが。……おめの気持ぢは分がった」
『……ホント?』
「今更嘘吐いだってしょうがねんだべ。でぎるだげのごどはやってみっから」
ハハハ、と加茂は笑った。
それが、電話口で嗚咽を隠さない、清川有栖に向けた返事だった。
(面倒事は嫌いなんだがな)
特に何もない、そこそこの人生だった。
「……壁にぶぢ当だったら成長でぎるってのは、本当なのがな」
娘の確固たる意志と言葉が、加茂を後押しした。
「
相変わらずの娘のリサーチ力に、加茂は驚きながらも苦笑した。
そしてノートパソコンを開き、書類を作り始めた。
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