第38話 署名
「んん? それはえっと……」
「女子選手の登録を、認めてもらえるようにお願いするんです」
「ああ、なるほど」
そういうことか。
俺たち12人、監督を含めても13人だけでは、やれることに限界がある。
ならいっそ、他人の力を借りてでもやってみる。理屈は通っている。
でも。
「署名を始めたとして、そんなに上手く集まるかな?」
場の空気を下げるつもりはなかったが、現実的にみてどうなのか。
実現できる可能性はあるのか。そういうことは清川なりに考えているのかを、聞いておきたかった。
「まず、特例でもいいから規則を変えないといけないですよね。ってなると、それなりの筆数が必要になると思います。しかも夏までに認めさせるには、どう迅速にいっても1ヶ月ほどが限界です」
「うん」
「まず、署名してもらうきっかけは揃っていると思います。一つは、
「ほぉ、なるほど。実際に没収されたから、署名が集まれば聞いてもらえるかもしれないってことか」
あの没収試合が役に立つ可能性があると聞いて、高瀬の声が少し踊った。
「そうです。それともう一つ、白河さんに人脈があることです。白河さん、福和学園の人たちに伝えてもらうことって、できたりする?」
「うん。署名までは分からないけど、LINEで繋がってるから当時のチームメイトには話せると思うよ」
「高校野球で注目度が強いのは、強豪校です。もしかしたら監督に話がいくかもしれませんし、使わない手はないと思います」
「あ、そうだ」
清川の話を遮り、監督が口を挟んだ。
「皆、大野さん――福和学園の二軍監督、知ってるよね?」
「その人って……」
「この前、練習試合に来た人」
ああ、と大多数から声が上がった。思い出したようだ。
「あの人にね、廃部の話を伝えてみたんだ。そしたら、『できることはしますから』って言ってた。だから、もし署名をやるってなったら、私からも大野監督の方に話してみるよ」
「ホントですか⁉ ありがとうございます!」
清川が大きな声で感謝すると、監督は「監督の力だけでできるわけじゃないけど、やってみる価値はあるよね」と付け足した。
「学校の方に話は通さなくて大丈夫なの?」
「通せるような人たちか?」
「それもそっか」
学校に一切期待しない辺り、もう既に教師陣との信頼関係は崩壊しているが、そんなことはこの際構わない。
*****
その日の夜、私は風呂に入りながら考えていた。
(机上の空論だけど、あんなに賛同してくれるとは思わなかったな)
清川は今日、可能性で話していた。確率なんて、いうなればゼロに近いのだ。
(今日話したのだって、全て上手くいったら、ってだけの話なのに)
でも皆、そんなことは関係ないかのように食いつき、そして賛成した。
それだけ、遊佐と白河の2人を試合に出したいと思っている。
高校に入ってから、野球部に入ってからの私に、それだけの熱意があったことがあるだろうか?
「……腹をくくるか」
そう呟いた瞬間、お腹がぐぅとなった。
長風呂をしていたのだ。
*****
話し合いの2日後、監督のアドレスを使って署名活動を始めた。
見出しはこうだ。
『男子選手9人だけの野球部です。試合中に1人でも欠けると、試合が続けられなくなってしまいます。所属している女子選手2人の出場を認めて下さい。』
内容は、共感を得てもらえるよう詳細に書いた。
『山形県立舟形高校硬式野球部です。私たちは事情により、部員を集めることができません。男子選手は3年生9人だけで、今夏の選手権大会が終わると、部自体が消滅してしまいます。
5月に行われた県大会1回戦では、選手1人が負傷退場したことで没収試合となり、敗北してしまいました。最後の夏を、そんな形で終わらせたくはありません。
舟形高校の野球部には、女子選手が2人います。この2人を登録し出場させることができれば、没収試合で終わる確率は大幅に下がります。
私たちは高野連に対し、次のような特例を設けてほしいと思います。
「人数が足りなくなる可能性がある場合は、1チームにおいて女子選手2人までのベンチ入り登録を認めること。」
どうか、皆さんの力をお貸しください。お願いします。』
「これで、集まんのかな?」
「サイトのURLをいろんなところにバラまけば、数は稼げるんじゃないかな。監督、福和学園の大野監督には伝えました?」
「伝えたよ」
「なんて言ってました?」
「大野さんも協力してくれるそうだよ。『庭坂さんにも話してきます~~』って息巻いてたな。あ、庭坂さんってのは福和学園の一軍監督さん」
話が段々と大きくなってきた。
これは、一種の挑戦なのだ。
大人を、社会を、動かせるか否かの。
「じゃあこれで、投稿するよ?」
全員、無言で頷いた。
「反逆開始、っと」
*****
投稿して数日。
「ん?」
その署名に気づいたのは、どこかの誰かだった。
「女子選手の出場ね……ふーん。高校野球じゃ厳しいんじゃねえか」
大体、そんな議論なんてする必要もない、なんていう人もいるくらいだし。
(ん? ……んんん?)
しかし、それでも賛同者はいるようで、コメントもそれなりに付いている。
『増山 五郎:最後の大会くらい、スッキリして終わりたいですよね。応援しています。』
『Saburo Niwasaka:山形県内にはまだ、女子野球部を設置している学校がない。つまり、やりたくてもできないのだ。垣根を取り払い、すそ野を広げるために、特例認可を強く望む。』
『長津田 由紀:人数が足りなくて、女子だとしてもできる人がいるのなら、出してあげて欲しいです。』
『鉾田 倫太郎:署名しました。頑張ってください。』
『若木 咲:同年代として、微力ながら協力します。応援してます‼』
『大野 裕典:女子選手の出場が叶うことを祈っています。』
『K. Ayaragi:地区は違うけど、正直いって今年のセンバツでの謎選考から高野連が嫌いになった。認めさせて高野連の鼻をへし折っちゃれ!』
「……へえ」
意外といるもんなんだな。
男子選手9人か。少子化で厳しいのだろう、と男は解釈した。
(山形県には女子野球部がないようだし、応援してあげよう)
*****
一週間後。
「ねえ、ちょっとこれは……」
「ああ。凄いな」
どこからどう広がったのか。
署名人数はすでに、五ケタに達しようとしていた。
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