第37話 次の段階

「どうもです、千歳監督」

「あ、いや、こちらこそです。今日はありがとうございました」

 試合後、大石田と千歳は、選手をそれぞれ待機させ、挨拶を交わしていた。


『000 100 020 0 |3

 200 000 100 1x|4』


 延長10回、4対3。最後は記録こそ暴投だが、スクイズだと読んで外した結果だ。

「んだげんと最後は、やられだぁ、と思ったです」

「そうですか? 結果的に棚ボタではありますけど」

「だって最後の場面、三塁走者はスタート切ってねがったでしょ?」

 泉田がバントの構えをした瞬間、三塁走者の古口はスタートしていなかった。

「スリーボールだったがら、1球は様子ば見るように指示すたんじゃねぇか。そう思ったんですよ」

 大石田はそのことを、疑問に思っていた。

「ああ、その事ですか」

(どう説明したもんかな)

 だが、説明しないのも逆に怪しまれるなと思い、千歳は正直に言うことにした。

「実はあれ、特に指示は出してないんですよ」

「え? 出すてねえんですが?」

「ええ。私も延長の経験はほとんどない――というか監督になってから初めてでしたし。だから後は、自分たちで考えてプレーして、っていうことを言ったんです。指示って言うほどの指示じゃないですよね」

「それは、確がにそうんだげんと……。なすてですが?」

 大石田は、分からなかった。

 もちろん、選手たち自身に考えさせるのは大切だ。しかし試合においては、監督の方が経験値という点で上だ。

(上だけんど……そうが、ほだなこどが)


「私には、監督としての経験値がないんですよ。だから選手たちと一緒に、学んでいる途中なんです」

 そういうことだったか、と大石田は、少し納得した。

「それに、勝つことが目標ではありますけど、それだけじゃないんです。と思ってるんです。勝つためのことを」

「んですね。監督の仕事って、チーム成長さしぇるごとんですがらね。……いやぁ、この年でまだ一づ、新すいごど教わったですよ。ほんてん本当にどうも」

「いえ、それはこちらもです。実際、バカヅキでしたからね」

 実際千歳は、8回表に追いつかれた時点で少し、負けを覚悟した。

 自分の経験値、相手と自軍の力の差。諸々の要素を含めれば、確率的には新庄栄の逆転勝ちというシナリオも大いにありえた。

 それをさせなかったのは……。

「やっぱり、選手たちですよ」

 試合は一人ではできない。球場にいる以上、卓上のゲームではない。

 完全に掌で踊らせることなどできない。だから、流れに乗ることが重要なのだ。

「それは違います」

 珍しく大石田が、即座に否定した。

「選手だぢが頑張ったのは事実だんだげんと、それ以上さ千歳監督、あなたのおがげでもあるんですよ。8回裏、タイム取ったべ? あれだって、流れ新庄栄こっちに渡さねがった証拠ですよ」

「あはは、ありがとうございます」

「さすがはだ」

「まあ、気持ちよく打ちたいだけなんで、ノックとかもできないですけどね」

「ま、取り敢えず、県大会頑張ってよ。地区1位のシード校として」

「はい」

 固い握手を交わし、試合が終わった。


 *****


 県大会、聞きたい?

 あ、「聞きたい」。そうですか。

 でもね、特に言うことも書くこともないんですよ。

「どんなボロ負けでも、試合内容くらいはあるじゃないか」って?

 ないんですよね、それが。

 没収試合で負けたんで。


 ◆◇◆◇◆


「あ゛ー、くそっ」

「まさかラフプレーをしてくるチームだったとはね」

 俺たちは、少し大袈裟なくらい悔しがった。

 いや、大袈裟というほど大袈裟でもない。妥当な悔しがり方だ。

 それより俺が思ったのは、相手チーム――寒河江さがえ中央ちゅうおう高校のベンチメンバーだった。

「吹浦」

「ん?」

「あいつら、いたね」

「ああ、そうだね」

 遊佐も憶えてはいたようだ。

 寒河江中央のエース、柴橋しばはし富美ふみひこ

 間違いなく、中学時代に俺をチームから追い出した人物だ。


 追い出したといっても間接的にだが、首謀者の一人であることに間違いはないだろう。独断的なプレースタイルと礼儀の無さが当時の監督から嫌われて、エースどころかベンチ入りの控え投手にすらなれなかった男だ。

 そして、本職がピッチャーである柴橋を差し置いて4番手として抜擢されたのが、俺だった。

 ここまで言えば、大体分かるだろう。

 前に話した通り、公式戦の最終回に登板した俺は、逆転満塁ホームランを打たれた。そこから、自分がベンチに入れなかった憂さ晴らしもあるのだろう、俺にちょっかいをかけてきた。

 結果、見事に俺をチームから追い出すことに成功したわけである。


 ただ、今はそんな回想にふけっている場合ではない。

 米沢が病院へ運ばれたから、その心配をしないといけない。

 病院に運ばれた理由? 本塁に突っ込んできた走者と交錯して、動けなくなったからだ。その走者こそ守備妨害でアウトになったが、ご存知の通り舟高は男子選手が9人しかいない。

 と、まあそんな経緯で0対9の没収試合が成立した。


 ◆◇◆◇◆


「はあ~あ」

 監督も見るからに落ち込んでいる。

 診断の結果、幸いにも米沢の症状は脳震盪とのことだった。遅くとも1~2週間程度で復帰できるという。

「監督、珍しいっすね。落ち込んでるんですか?」

 泉田がド直球に質問した。

 すると監督は、突っ伏したまま話を始めた。

「……こういう事態を、想定してなかった訳じゃないんだけどね。でも、いざが起こってみると、やっぱり何もできないなぁって」

 そういうと、もう一度溜め息を吐いた。俺たちより監督のほうが弱っている姿を見るのは、これが初めてかもしれない。


 対照的に俺たちは、むしろ手応えすら感じていた。

 もちろん、ラフプレーによる没収試合で負けたのは、悔しい。でも、長年に渡って地区のトップを走っていた新庄栄に、試合で勝てたのだという事実は変わらない。

「せっかく、次のネクスト段階ステージに入れたと思ったんだけどなぁ。地区大会を勝ち抜けたわけだし」

「まあそれは、終わった今言ってても始まんないっすよ」

 泉田もどこか、冷めたような悟ったような口調で言った。

「……いっそ、今から部員の勧誘でもするか?」

「確かに。居てもらえるだけでもありがたいし」

「いやいや。確かにそれはそうだが、その前に教頭と幕ノ内がいるぞ」

「遊佐と白河の選手登録が認められれば、一気に解決するんだけどな」

 誰かがそう言うと、視聴覚室に静寂が訪れた。

 その静寂を破ったのは、今まであまり喋っていなかった人物だった。

「あの」

「ん? なに、清川さん。何でも言って」

「……ネット署名とかって、できたりしないですかね?」

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