第12話 激戦区

「おい、何だよこれ」

「すんませんでしたあああっ!」

 高瀬が土下座している。

「やばくねこれ?」

「ほぼ死のブロックじゃん」

「やってくれたな、高瀬」

 俺と監督を含めた11人が見ているのは、全国高等学校野球選手権、所謂「夏の甲子園」の山形大会のトーナメント表だ。山形では夏は地区予選は無く、出場する全学校が一つのトーナメントに入る。

「何々……。一番上の第1シードが吉大山形きちだいやまがたか……ってこれ、マジで終わってんじゃん」

 吉大山形は、第1シードに入っていることで分かるように、今年の山形大会優勝の最有力候補で、俺たち舟形高校はそのいくつか下に入っている。ちなみに正式には吉兆きっちょうだい山形という。

 さらにトーナメントの上下には南陽総合なんようそうごう鶴岡つるおかよん高、蔵王ざおう学院がくいんといった強豪校が名を連ね、まさに激戦区といった様相だ。夏の大会は春季大会での成績を基にシード校が決められるが、どうやら春季大会で波乱が起きまくったらしい。この前俺たちに勝った最上向町が第3シードに入っている。


「初戦ならなんとかいけそうだけどな……」

「逆に二回戦以降は望みがないな」

 救いは初戦がそれほどの実力校ではないことで、一回戦の相手は山形あかねおか高校という市立高校である。県内屈指の自由校として知られており、私服登校が認められているらしい。まあそんなことはどうでもいいが、とにかく目標が3回戦進出なのだから、初戦で負けるわけにはいかない。それ以上に、連敗記録を伸ばすわけにはいかない。

 山形あかねヶ丘は、投手力、守備力、攻撃力のいずれも目立った成績はない。夏の大会は、過去5年のうち4年で初戦敗退を喫している。3回はコールド負けなので、舟形うちのような弱小でもチャンスはあるかもしれない。それは向こうも同じことだが。

「先発はどうします?」

「う~ん」

 監督は悩みに悩んだ末、こう言い放った。

「皆で決めていいよ」

 俺たちは一様にずっこけた。


 **********


「じゃーん、けーん、ぽい!」

「おっ。じゃあ後攻で」

「はい、了解です。あかねヶ丘が後攻、舟形が先攻ね」

 また負けた……。やはりが回ってきてるんだろうか、と高瀬は思った。ここ数年、少なくとも高校に入学してからは、じゃんけんに勝った記憶がない。


「あの、舟形高校の監督さんですよね?」

「はい。そうですが」

「申し遅れました。山形あかねヶ丘高校の監督、小国おぐにです。今日はよろしくお願いします」

「いえいえこちらこそ」

 見る限り、年齢は二十代くらいだろうか。結構若い監督だな。千歳がそう思っていると、小国から質問された。

「あの、失礼を承知でお聞きしますが、もしかしてお年は二十代くらいですか?」

「はい、そうですけど」

「へえ、僕もそうなんですよ。若者同士、今日はお互い頑張りましょう。いやしかし、お綺麗ですね」

「褒めても手加減はしませんよ」

「ウチが勝ちますから、手加減は無用ですよ」

 二人の和やかなムードは一瞬にして消え失せ、火花が散るような挨拶が終わった。


 球場では第1試合、寒河江さがえ中央ちゅうおう高校と大蔵おおくら農業のうぎょう高校の試合が行われている。一方的な試合展開で、5回表に寒河江中央が4点を追加し13-0。これでほぼ決まりだろう。

「そろそろ準備してね。もうすぐ前の試合終わりそうだから」

 監督が、駄弁っている俺たちに声をかけた。

「ふぁ~い」

「今泉、お前寝てたのかよ!?」

「先発、俺じゃないんでしょ?」

「だとしても九人しかいないんだから、レフト守るんだぞ」

「りょ~か~い」

 先発は高瀬、と決まっていた。といっても完投させる気はさらさらなく、2点取られたら今泉に交代するらしい。

 サイレンの音が聞こえた。第1試合は終わったようだ。

「よーし、行くべ」

「おーす」


「ゆっちゃん、外野ノックの練習、やってみる?」

「え? でも……」

「審判に言われたら止めりゃいいよ。外野は女子も入っていいことになってるしね」

 物凄く曲解的な解釈だが、ダメとは言われていない。

 が、しかし、練習が終わった後、監督は球審から呼び出され、軽い注意を受けたらしかった。「九人しかいないんだから、一人くらい認めたっていいじゃん」とブツブツ文句を垂れていた。


「監督、挨拶はちゃんとしてくださいね」

「分かってる~」

 そんな態度だが、心の中で千歳は、ようやく勝てるチャンスが来たか、と思った。

 公式戦に出られる選手は九人しかいないが、守備力は高いし上位打線なら連打が期待できる。あかねヶ丘の投手陣なら、上位打線が打ち崩してくれれば十分勝てるのではないか。そんな予測を立てていた。


 ついにこの時が来た。と、山形あかねヶ丘監督の小国は思った。

 夏の大会はここ10年間で僅か2勝。勉強も部活も楽しくほどほどに、という校風が、勝利から遠ざけていたように思う。

 今年で3年目。就任してからは、徹底的に打撃を鍛えてきた。春の大会では8-9でサヨナラ負けしたが、今日の相手は連敗記録を更新中の舟形だ。このチームなら勝てる。

「バッティングは水物」なんてよく言われるが、そんな言葉が通用しないくらいには鍛え上げてきたつもりだ。要するに、点は取るべきところで取れれば良い。打撃力を上げるには、まずボールの軌道への対応力だ。

 追い込まれてもファールにし続ければ、相手バッテリーの投げる球は無くなる。迷いが生じるほど、失投の確率は高くなる。そこを仕留められるかなのだ。

 そして何よりも、ヒットゾーンまで飛ばせるだけのパワー。詰まっても内野の頭を超えられるように、とにかく振り切る。それができれば点は取れる。そして1点でも多く取れれば勝てる。


 試合が始まった。

『一回の表、舟形高校の攻撃は、一番センター高瀬くん。背番号8』




◆◇◆追記

 それぞれ真逆とも取れるゲームプランを描いている両監督。さて、どのように試合が展開していくんでしょうか。作者もドキドキです。

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