第55話 元気?
山形新幹線〔つばさ〕は、福島駅を発車して板谷峠へ差し掛かっている。
「ねえ、
「何?
「みんな、どうしてると思う? 今」
「分からんねぇ」
卒業して2年と少しが過ぎた8月。
同窓会――というか、元・県立舟形高校野球部の集まりがかかった俺たちは、それに出席するために、現在住んでいる千葉県から山形県へ帰るところだ。
卒業後のことは、特に何も聞いていない。
ほぼ同居みたいな形になっている樹を除けば、高校卒業・大学進学と同時に千葉に来てしまった俺たち2人と地元に残ったメンバーとでは、さしたる接点も無くなってしまったからだ。
山形市内の居酒屋を予約しているらしいので、俺たちは山形駅で左沢線に乗り換えて、一旦それぞれの実家に帰宅。その後再び合流して、山形駅に戻った。
『8月2日17:30 山形駅改札前集合
居酒屋○○にて18:00から2時間の予定』
それしか聞いていない。というか、送られてきていない。
*****
(文章が簡潔すぎて、逆に分かんねえよ)
米沢は高瀬から送られてきたメールとLINEを見てそう思ったが、同時に、ああそういえばそういう奴だった、ということを思い出した。
(丁度、練習も休みだしな。今泉を誘っても大丈夫だろ)
米沢と今泉は大学に進学し、野球を続けている。
その大学というのが出羽学館大学で、要するに高等部にはあの関根がいる。
入部して数か月が経った頃に、挨拶を兼ねて舟高を辞めた後の話を聞いてみたら、フーテンのところを拾われたというごくありきたりなものだった。
かつて「鬼監督」として知られていたが、舟高に来てから――少なくとも米沢たちが舟高野球部に入ってからはそんな雰囲気など欠片もなかったので、常に何か嗅ぎまわっていた米沢以外でそれを知っている部員はいなかったのだ。……多分。
(吹浦なら、察していたかもしれないけどな)
列車がやってきた。
一両目の最後部あたりに今泉が――いた。
「おう」
「ああ」
「おっ、米沢か」
「久しぶり」
予想はしていたことだが、地元に残った面々もこの列車に乗っていた。
少し賑やかな集団を乗せ、奥羽本線の普通列車は山形盆地を南下していく。
*****
「お誘いが来たんだけど」
『へえ、そうなんだ』
仙台で大学生活をしている
「立花、興味ない? 高瀬くんからだよ、舟形高校にいた」
『咲は行くの』
「うん、行こうかな。今のところは行こうと思ってる」
『じゃあ私も行く』
咲は溜め息を吐いた。
「立花、自分で決めなよ」
『あ、そういうことじゃなくてさ。米沢くんと今泉くんも来るんでしょ?』
「ああ、多分」
『中学時代の話もしたいしさ。まあ、咲が行くっていうのも大きいけど』
「じゃあ、決まりでいいね」
『うん』
数日後。
(あ、あれ立花かな)
「あっ」
仙山線で山形駅へ降り立った咲は、真っ先に立花のことが目に入った。
「咲~~!」
立花は言うが早いか、咲の方へ突進し抱きついた。
「久しぶり~!」
「離れろって。ここ公共の場だから」
「え、じゃあ公共の場じゃなかったらいいの?」
(またこいつは)
そういうところだけは鋭いんだから。
咲がたじろいでいると立花は、トドメとばかりにもう一度強く抱きしめた。
*****
「あっ、っていうか、さ」
「ん?」
「みんな、気付いてくれるのかな」
確かに連絡には、『改札前』の文言しか書かれていない。
「大丈夫でしょ。みんなそんなに変わってないよ」
「分かんないじゃん」
「だって、イメチェンしてたら真っ先にいじられるでしょ」
「それはまあ、確かに」
17時30分集合では、左沢線に丁度良い列車が無かった。ゆえに俺と樹は、山形駅で30分の待ちぼうけをくうことになったのだった。
『七番線に到着いたします列車は、折り返しの快速仙台行きとなります……』
丁度、仙山線の列車が着いたところだった。
ということは、あいつが降りてくるはずだ。
「やあ!」
「あっ」
「ども」
「こんにちはー」
若木くんと板垣さんの二人。
来る、ということ自体は、連絡を貰っていたので知っていた。
ただ、この二人は基本的に、テンションが高めだ。分かっていても、少し気後れする。
「あれ、他の人たちはまだ来てないの?」
「みたい、ですねぇ」
「タメ語でいいよ。同学年だし」
「そそ」
それからは、あの夏の二回戦でのことを適当に喋った。
それくらいしか、共通の話題がないからだ。
『三番線到着の列車は、当駅止まりです。回送列車となりますので……』
少し話しているうちに時間は経ち、集合十分前を過ぎた。
「あの電車に乗ってるんじゃないかなぁ」
俺がそう言うと、若木も板垣も改札の向こうを見た。
丁度、列車が入ってくるところだ。
目をこらして見ると、何やら男だらけの集団がぞろぞろ降りてくるのが見えた。
◆◇◆◇◆
「しかし、吹浦と遊佐が付き合ってるとはな」
「羨ましいぜコンニャロー!」
時間通りに始まった、居酒屋での野球部同窓会(というかほぼ飲み会)。
まあ、飲み会になることは予想していた。
しかし、意外とバレてなかったんだな、付き合ってること。
俺も遊佐もそれっぽい態度は隠していて、それでも隠せていないな、という自覚はあった。
でも、半数ほどは知らずに卒業し、後から米沢が話を流したらしい。
公認の関係も悪くはないかも……
「おい、遊佐とはどこまでいったんだ⁉」「キスの先は?」「もうヤったか?」
……前言撤回。やはり俺の口から言うべきだった。
ちなみに、話を流した米沢は、今泉、若木、板垣と一緒に話している。
中学時代のチームメイトだったらしいし、積もる話もあるのだろう。
「おーす。ごめん遅れた」
するとそこへ、聞き覚えのある声が聞こえた。
俺たちを励まし、悩ませ、指導し、諭していた、あの声だ。
「監督!」
「やっ。……ってか、もう監督じゃないよ。今は
それはそうと、見覚えのない顔が一つ。
「……あの、後ろの方は?」
高瀬が恐る恐る聞くと、後ろにいた初老の男性は、帽子を取って挨拶をした。
「挨拶が遅れてすみません。千歳香奈の父、千歳重人です」
「みんなは会うの初めてだったよね。このお方が、準々決勝に私を行かせなかった元凶さ」
「言い方が悪いだろう! あの時は病気が見つかって、入院の日も迫っていたからつい焦って……」
必死に言い訳をする重人さん。
だが、みっともないと思い直したのか、咳ばらいをして俺たちの方へ向き直った。
「いや、すまない。経緯がどうあれ、指揮官を不当に拘束したわけだからね。……しかし、娘から試合内容を聞いて驚いたよ。勝ったんだね」
「ですねぇ」
瀬見が呑気に答える。
それに対し重人さんの目は、真剣なものになった。
「私も立場上、人間がどう動くか、どう動かさねばならないかは常々、勉強しているつもりだ。だが君たちは、娘の指揮など無くとも、自ら学んで勝利をつかみ取った。素晴らしいことだよ。ぜひ、これからも活かしてほしい」
「はい! ありがとうございます」
高瀬がしっかりと目線を据えて答えた。
それに安心したのか、重人さんは口元を緩めた。
「さ、お詫びも兼ねて、今日は香奈を置いていくから。ああ、飲み代は私が持つから、心配しなくていい」
「ちょっと父さん、さすがに」
「いいんだ。それじゃみんな、この小娘をよろしく」
そう言って重人さんは、監督にお金を預けてさっさと出ていってしまった。
「あー、……悪いね、私の親父が」
申し訳なさそうな顔をした監督を、俺たちは座席へ引っ張っていった。
話したいことは山ほどあるのだ。
監督に就任したこと、勝ち方を教えようと思ったこと、試合を指揮したこと。
そこでしか、その時でしか見られなかった景色がある。確かにあった。
そしてそれは、今の俺たちに繋がっている。
いつか、あの時の失望を笑えるようになる。
そんな未来にするために、俺たちはまだまだ、それぞれの道を進んでいくのだ。
(了)
失望野球部 今井杞憂 @one-writer
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