第10話 流れ

「持ち球は?」

「ストレートと、スライダー。遅い球も使える」

「分かった」

 遅い球は、恐らくチェンジアップのことだろう。俺はそう解釈して、米沢から持ち球を聞き出した。俺が防具を着けて、米沢が数球投球練習をする。

「さあ、来い!」

 遊佐が打席に立つ。だがここは、俺たちバッテリーが有利だろう。捕手を務める俺が、遊佐の性格や飛びつきやすいコースを知っている。

 まずは、右打者の外側から胸元に入るスライダー。これは見送るだろう――と思ったが、遊佐はそれを振り抜いた。ファール。

「外角が好きなんじゃなかったっけ?」

「内角が打てないとは言ってないよ」

 言い忘れていたが、監督が全ての選手を集めてそれぞれのポジションに散らせている。そのため、実践さながらの勝負になっている。

 内角にバットを出してきたためこちらも攻め方を変え、外角のボール球を混ぜつつ内角球でカウントを取った。カウントは3-2、つまりフルカウントだ。


「ちょっと! レディーに花を持たせてよ」

「男女平等」

 そう、男女平等である。もし遊佐が男でも、同じ攻め方をしている。ましてや遊佐が「女だから」なんて理由で音を上げる奴でないことは、俺自身よく知っている。「花を持たせて」の発言は、冗談みたいなものだろう。

 米沢はスライダーも速い。ラストは遅い球を使おうと思いサインを出した。米沢は頷き、振りかぶる。

 そして、山なりのボールが米沢の指先から放たれた。一瞬すっぽ抜けかと思ったが、きちんと打者の手前で下に曲がった。遊佐の体勢は完全に崩れ、バットが空を切る。

「くぁ~~っ」

 遊佐から悔しがる声が出た。ワンバウンドになり身体で止める格好になったので、俺はボールを持った手で遊佐の背中にポンとタッチした。追い打ちではなく、こういうところもしっかりやらないと実戦での捕手としての出場には程遠い。

「ストライクスリー! バッターアウト!」

 審判役を務めてくれた監督がコールした。


 **********


「米沢。この前のあれ、パームっぽくなかった?」

「ああ、そうそう言い忘れてたな、ゴメン。でも初見でよく止めたな」

「捕球できなさそうなときは壁になろうと思ってるからな」

「いや流石、捕手に大事なとこだよ」

 一週間後。バッテリー練習にも慣れてきた俺と米沢は、遊佐との対決の内容を振り返っていた。俺は別にいいと思っていたのだが、米沢が話しかけてきて「ピッチャーとのコミュニケーションは大切だぞ。連係とか、もっと言うと流れにもつながるからな」と聞かされた。


 スポーツには「流れ」というのが付きものだ。そして時にそれは、現実的にはあり得ないような試合展開を生むことがある。高校野球で言うと、甲子園での逆転劇で一番大きいのは8点差からで、2試合記録されている。どちらも序盤に大量リードを奪っていながら、失策やリードしている側のミス、連打などでじわじわ追い上げられたという展開だ。流れが大きなうねりとなって相手を飲み込むと、実力差があってもあっさりと覆されてしまうことがある。地方大会を含めると15点差逆転なんて試合もあったらしい。

「米沢はあるの? そういうことの経験」

「あるよ勿論。話すと長くなるけど、聞きたい?」

「今度でいい」

「あ、そ」


 それからしばらくの間、監督は投手陣を揃えるのに注力した。他の五人は主にバッティングの強化に取り組み、時にはバッターボックスに立ってもらった。良い当たりをされた回数が米沢と同じくらいだったため「中学時代からキャッチャーに専念してきた俺の立場ねえじゃん」と冗談交じりに言われた。

 五人の中でも、この前八・九番と下位打線だった高擶と瀬見の成長が目覚ましい。良い当たりを何本も飛ばしていたが、二人に聞くと「いや、当たれば飛ぶんだけどな」と口を揃えて言った。二人とも中学時代の打率は2割くらいだったらしいが、長打力を競っていてそうなったという。三振も多く、新庄栄戦でも二人で5三振を喫している。が、安定感を抜きにすれば、それはそれで相手バッテリーにとって気の抜けない打者になる。


 **********


 ところ変わって一年生の教室。放課後、二人の女子が話をしていた。

「あ、あれ野球部じゃない?」

「え、野球部?」

 ロングヘアの一人が呟き、髪をポニーテールにしているもう一人がグラウンドを覗いた。

「そうそう、なんか今の三年生が不祥事起こして、廃部が決まったらしいよ」

「じゃあ、今あそこらへんにいるのは?」

「二年生じゃない? さすがに罪のない下級生を退部させるわけにはいかなかったんでしょ。他の運動部――特にサッカー部とか陸上部なんかからは、結構疎まれてるらしいけどね」

「なんでさ。高校生がやる部活に変わりないじゃない」

「だって、あの先輩たちが引退した時点で廃部が決まってるようなもんなのに、いつまでもグラウンドが使える時間が増えないんじゃ、良い顔はしないでしょ」

「何それ。一年生がいないから、もう諦めろってこと?」

「いつだって、大人の事情はそんなもんでしょ。あ、女子選手もいるみたいだね」

 目を凝らして見てみると、確かにそれっぽい体つきの人がいる。髪も少し長い。

「公式戦には出られないらしいのに、何があの人を駆り立てるんだろうね」

「……」

「ん? ウサ、どうかした?」

「……いや、何でもない」

「そ。あーあ、こんな田舎町じゃ、面白いこともないよぉ。かーえろ」

「うん。……」

 他に残っている生徒は誰もいない。二人は教室を後にした。

 ただ、ウサというポニーテールの少女だけは、野球部の練習を名残惜しそうに見ながら立ち去った。




◆◇◆追記

 次回は多分練習試合です。練習試合は結構端折はしょる感じでいくと思いますので、ご了承下さい。

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