第11話 練習試合

「練習試合を組んでいただき、本当にありがとうございます。本日は宜しくお願い致します」

「いやこぢらごそ、今日はよろすくお願いすます」

 思っていたより早く練習試合の日がやって来た。どうやら新庄栄の大石田監督は、舟形との試合を優先して組んでくれたらしい。それでも既に6月だが。

「じゃ、今日のオーダーね。結構組み替えたけど、これでヨロシク」


『一番 ⑧中堅手 高瀬(主将)

 二番 ⑩遊撃手 遊佐

 三番 ①左翼手 今泉

 四番 ⑥三塁手 泉田

 五番 ⑨右翼手 荒砥

 六番 ②捕手  米沢

 七番 ⑤二塁手 古口

 八番 ④投手  吹浦

 九番 ③一塁手 高擶』


 練習試合だから遊佐も出られる。俺は先発投手ということで、打撃の負担を減らすためなのか八番になった。今泉が打順は変わらずに左翼手、遊佐が遊撃手に入る代わりに泉田が三塁手になっている。普段は三塁手の古口も、先発登板する俺の穴を埋めるために二塁手となり、瀬見が控えでのスタートだ。新庄栄は二年生主体のメンバーと見受けられた。

「それとピッチャーなんだけど、1試合目は吹浦くんと米沢くん、2試合目は高瀬くんと今泉くんでいくから。米沢くんと今泉くんは六回から出す予定だから、そのつもりでいてね」

「はーい」

 そうして、一年以上なかった練習試合が幕を開けた。


 打ち損ねの打球が遊撃手の正面へ転がる。遊佐が捌いて攻守交代になった。

「いや、打てん打てん」

「マジ?」

「変化球えぐいマジで」

 新庄栄ベンチでは、本職ではない投手に手こずる打者たちが、控えの選手とそんな会話をしていたが、勿論舟形ベンチには聞こえていない。


 四回表が終わって0-0。練習試合とは思えないほどハイレベルな投手戦になっていた。俺は打者13人を2安打無四死球に抑えている。一か月前に覚えたチェンジアップが上手く利いているようだ。米沢と練習したところ「飲み込み早すぎん?」と驚かれた。

 一方こちらも、新庄栄の二年生投手・小波渡こばとの前に僅か1安打。縦のスライダーに手こずっている。とうとう五回を終わってスコアレスのまま、米沢とポジションを入れ替える形で投手交代となった。

「ポジション入れ替えか。色々試してくるね」

 七回表、四番を打つ南野に、打席から声をかけられた。

「すんませんね、選手層が激薄なもんで」

「謝ることじゃない。むしろワクワクするよ」

 その南野を内野フライに打ち取ると、一瞬こっちを向いて舌をペロッと出した。その顔は、心から楽しんでいるように見えた。

 新庄栄も八回からエースの伊佐を登板させる。結局0-0のまま九回を終え引き分けとなった。休憩を挟んで二試合目を行う。


 そして二試合目も点が入らない。終盤は両方とも意地になり、送りバントや盗塁も指示したがホームが遠い。先発した高瀬はというと、どうやらシュートボールも混ぜていたようで、米沢曰く「未完成だけど見せ球にはいける」らしい。

 新庄栄は、先発した鳥越に代わって再び伊佐が投げ、こちらは高瀬に代わってエースの今泉。九回表の新庄栄は無得点。ついに九回裏を残すのみとなった。

「みんなー、伊佐くんから今日、ヒット1本も打ててないよー」

 ゲッ、と誰かの声が聞こえた瞬間、ゴロがボテボテと三遊間の真ん中へ転がり、内野安打になった。先発して相手打線を五回零封した高瀬の、殊勲のヒットだ。


 この大事な場面で俺かよ、と思ったがしょうがない。サイン通り送りバント――の構えからのエンドラン。俺のバッティングではライト方向への当たりが多い。監督も分かっていてサインを出したのだろう。そのことは俺自身も自覚しているし、もう少し幅を持たせなければいけないとも思っているが、何となく引っ張るのが好きじゃない。ただ、好き嫌いで打てるほど甘くない。

 どうにか一・二塁間を抜けて成功。一死一・三塁でサヨナラのチャンス。

 そして今泉は、右翼手への外野フライを打った。少し浅めだったが俊足の高瀬はバックホームより一瞬早くホームイン。1x-0でサヨナラ勝ちとした瞬間、こちらからは歓声が、相手ベンチからは溜め息が漏れた。


「(ありがとうございま)したっ!」


 **********


「いんや、参りますた。凄いっけす。まさが2試合連続で完封されるなんて」

「いえいえそんな、今日は上手くいきすぎました。でも、夏もこのぐらいのプレーで公式戦ができたら、1勝も見えてくると思いました。こちらこそありがとうございました」

 試合後、二人の監督は言葉を交わしていた。

「いえいえほんてん、こぢらごそ。……あの、蒸す返すようで悪いんですけんど、不祥事があったど聞ぎました。あれはその、どだな経緯で……」

「ああ、その事ですか。実は……」


「なるほどねえ」

「ええ、それで練習試合を組むのにも難儀する有様で」

 こんなところで誤魔化してもしょうがないので、千歳は事の顛末を正直に話した。

「んだけんど、今いる子だぢは何もすてねわげで、理不尽すぎやしませんが」

「私もそう思うんですけど、やっぱり新米教師じゃ相手にされませんねぇ……」

「なるほど、ほだなこどですが……」


 **********


「三年の夏までに、県ベスト4だっけ?」

「そうです」

「なんか、間取ったらってことになったんだよな」

「次の大会はどうするの? 目標」

「3回戦進出を目指します」

 ミーティングで俺たちは、高瀬を中心として、監督とそんなやりとりをした。3回戦進出とはつまり「2勝」を目指すということである。厳密に言えば、2回戦からのところを引き当てれば1試合勝利で済むのだが、高瀬のくじ運からしてそれは無理な注文だろう。

 だが、夏はもうすぐそこまで来ていて、正直くじ運に頼るところもある。夏季大会は去年、先輩たちが無安打無得点試合をされた。少なくとも、そんな情けない試合はしたくない。




◆◇◆追記

 次回から夏の大会です。

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