第8話 投手

「投手経験のある人?」

 3点ビハインドでエースが疲れているという状況にも関わらず、監督は序盤とほとんど声のトーンを変えずに訊く。俺と高瀬が手を挙げた。

「荒砥くん、センター出来る?」

「ある程度は」

「じゃあ今泉くんに代わってピッチャー高瀬くん。今泉くんはレフトで、レフトの荒砥くんがセンター。それでいこうか」と決断した。

 高校野球では、監督がベンチから大きく出ることは禁止されているため、主将の高瀬が球審に告げに行き、守備位置が代わる。


 高瀬・米沢のバッテリーは練習でも試したことがないため、かなり入念に打ち合わせをしている。

「持ち球は?」

「ストレートとカーブ。勿論リードは任せる」

「分かった」

 正直、球種が二つだとかなり厳しいが、一イニングかわすことくらいは出来る、と米沢は思った。しかし、九回表の新庄栄は三番からだ。果たしてどうなるか。


 俺も登板への心の準備はしていたが、予想以上に高瀬のカーブはよく曲がった。守備位置から見ていてはっきり分かるほどで、新庄栄は三番からの打順だったが、ファーストゴロ、サードゴロ、セカンドフライで、なんと三者凡退に切って取った。

 しかし伊佐は最後まで崩れなかった。九回裏は一死から泉田が安打を放ったものの、最後は荒砥がピッチャーゴロに倒れ、三点差のまま試合終了となった。

「6対3で新庄栄高校。礼!」

 甲高いサイレンが鳴り響き、連敗記録は54に伸びてしまった。


 **********


「皆、今日はよく頑張ってくれたと思う」

 試合後、監督はそんな言葉をかけた。俺は悔しかった。半年前、廃部を告げられた時以上に。もっと守備が上手ければ。打撃が上手ければ。位置取りが良ければ――。

 は禁句だが、後から後からそんな考えが頭に浮かぶ。

「悔しいと思ってる人、手挙げて」

 監督の促しに、十人全員が手を挙げた。

「大丈夫。君たちはまだ、上手くなれる。強くなれる。悔しさは糧になるからね。って、ちょっとクサいこと言い過ぎか」


「あ、ちょっとすまねっけれども、監督さん」

 そう言って現れたのは、相手校の監督だった。喋りに少し訛りがある。

「申す遅れました。新庄栄高校、野球部監督の大石おおいしどいいます。本日はどうも」

「あ、どうも。こちらこそありがとうございました」

「いえいえ。それより今日の舟形そちらさん、動ぎが良いっけ……良かったですなあ」

「方言でも構いませんよ」

 監督がそう言うと、「いや、お恥ずかしい」と大石田監督は頭を搔いた。

「そうそう、本題なんですけんど。練習試合やってぐれねですがい?」

「えっ!? 本当ですか?」

「嘘はづがねです。勿論、春季大会が終わってがらになりますが、実は新庄栄うちのほうは守備が課題ですてね。今日もエラー二つあっただすし、このままじゃどうも不安なんだす。それに比べでそぢらはエラー無えっけす、何よりヒット15本も打だれで6失点は、守備堅え証拠だす。是非ともお願いすます」

 コテコテの山形弁だが、監督には通じたようだ。

「分かりました。春季大会が終わった後、日程を調整しましょう。あ、本校の電話にかけて、『野球部監督の千歳』と仰って下されば通じますので」

「ああ、こっちも電話かけて野球部の大石田って言ったら通ずますから。では春季大会後にお願いすます」

 そう言って、大石田監督は選手たちのもとに戻っていった。


 **********


 結局俺たちは、一次予選で負けたチーム同士が行う二次予選でも初戦のがみ向町むかいまち高校にあえなく敗れ、連敗記録はさらに伸び55となった。新庄栄戦の翌日で今泉は疲れていたので、三回までは俺、六回までは高瀬、七回からは今泉と、3イニングずつの継投にした。

 しかし、急造バッテリーではなかなか呼吸が上手く合わない。俺はシンカーとナックルカーブが持ち球だったが、投手経験が不足していることを見破られたのか、相手打線は執拗にピッチャー返しをしてきた。結果、米沢の後逸もあって四死球や振り逃げで走者を溜め、置きにいったストライク球を痛打されて走者を返される、という悪循環に陥った。こちらも2本の本塁打などで応戦したが、7-9で軍配は相手に上がった。


「控え投手の育成が急務だと思うんだけど」

 でしょうね。と俺は心の中で呟いた。

 月曜日、視聴覚室でのミーティング。もはや一週間の練習メニューの中に入りつつある。

「うーん、まず高瀬くんと吹浦くんなんだけど、この前はバッテリー間の連携とか呼吸とか、そういう問題だと思うから、練習でどうにかなるとは思う。あと米沢くんは、正直どうなの?」

「そうですね……。やっぱり球種とか変化する度合いとかが分からないと、配球にも影響出ちゃいますから、練習あるのみだと……」

「ああ、としてもそうだけど、としてはどうなのかなと思って」

「へ?」

 そこへ今泉が口を挟んだ。

「お前、小学生の頃はピッチャーやってたろ? それを監督にこの前言ったんだよ。それに俺より肩強いから、球速は出るんじゃねえの?」

「まあ、練習はしてるけどさ」

「じゃあなんでこの前、ベンチでそのこと言わなかったの?」

「だって俺が投げるのに回ったら、捕る奴が居なくなるじゃないですか」

「それがねぇ……、実は一人居るんだよ。ねえ吹浦くん」

「え? あ、はい」


 何故それを知っている?




◆◇◆追記

 色々と忙しくなってしまったので、一旦更新をストップさせて頂きます。9月上旬ごろまで1週間に一話くらいのペースになると思います。



◆◇◆おまけ

 春季山形県大会ランニングスコア


【最上地区一次予選一回戦】

 新庄栄

 101 000 130|6

 200 100 000|3

 舟形


【最上地区二次予選一回戦】

 舟形

 002 002 111|7

 120 113 01X|9

 最上向町

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