第41話 了承

「それで、一体私にどんな利益があるというの?」


肉体を介さずに、意思を届けることは実はかなり技術がいる。まだ声を出して届ける方が簡単なのだ。けれど、肉を纏えば痛みがあるし、セネットの思惑に乗るのも釈然としない。そのため、面倒な方法をとった。


一度、ユディングにも行ったが、彼は暗殺者だと思ったようだった。手紙の内容を読み上げる暗殺者なんて斬新すぎて普通は信じられないけれど、実際に隠れていた暗殺者が潜んでいたのだから、役には立ったと思うべきか。

本来の意図とは全く異なる用途に、呆れればいいのか運がよかったと感謝すればいいのかはさすがのテネアリアにもわからなかったが。


とにかく、声を聴かせるということはとても苦労するのだ。

なぜなら風のエレメンタルを集めて、それらを練り合わせ、音にする。わりと高い音は出しやすいが、抑揚をつけて意味をなすように震わせることは難しい。そして、それを意味のある言葉にするというのはもっと大変だ。


それでもユディングのためなら厭わない労力である。純粋に心を伝えたかったから頑張った。愛とは偉大だ。

なんでもしてあげたくなるし、いつも寄り添っていたい。

だというのに、なぜ自分はこんなところにいるのか。


今はとてつもない徒労感に襲われただけだったから、なおさらに。


「どこから、声が?」

「この部屋にいらっしゃるかはわかりませんが、話は聞いていただけたのでしょう。おわかりになりませんか、妃殿下」


部屋をきょろきょろと見回したアタナシヤに宥めるように声をかけて、セネットは落ち着いた声音で話しかけてきた。

けれど、やはり億劫で答える気にならなかった。


セネットは構わずに続けた。


「皇帝陛下から間諜だと疑われていらっしゃる。この国と手を組んでいるのは前皇弟殿下であるというのに。貴女が連れ去られたとわかれば、さすがに間諜の疑いは晴れるでしょう。そのうえ、陛下自らが助けに来てくれるのですよ。つまり、私は貴女のために、盛大な仲直りの場を用意したというわけです」


空気中に意識を漂わせながら、テネアリアは白々しいと鼻を鳴らした。実際には何の音もでないけれど、気分は憤慨していた。

だというのに、自分に寄り添う感情は、どちらかと言えば華やかな喜びに満ちたものだった。


『ムカエムカエ』

『ナカナオリ』

『ウレシイ』

『ワクワク』


音が弾けて、光になる。

狭い天幕の中で、色とりどりの光が弾けて踊る。


「ふわあ……っ」

「了承ということでよろしいのですよね?」


感嘆の声をあげたアタナシヤの横で、したり顔のセネットのつぶやきを聞いて、テネアリアはやはり面白くないとへそを曲げた。

それでも、ユディングが攫われたテネアリアを助けにきてくれるという場面を想像するだけで、ふわふわと心が躍るのだから始末が悪い。それが彼らにも伝わって華やかな光になっているのだろう。

感情の伝播を煩わしいと思うのはこんなときだ。偽ることが難しいのだから。


しかしツゥイといい、セネットといい、本当に彼らはいかんともしがたい存在であると実感するのだった。

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