コミカライズ好評連載中!

「ユディング様~」


歌うように夫の名前を呼びながら上機嫌で中庭にやってきたテネアリアに、振り返ったユディングは仏頂面の頂点を極めたかのような強面を向けてきた。


「それ以上近寄るなっ!」


漆黒の髪に、紅の瞳。誰よりも格好良くて愛しい旦那様の姿に、テネアリアはその場にヘナヘナと崩れ落ちた。


「姫様っ!?」


後ろからついてきた侍女のツゥイが何事かと駆け寄ってきた。


「はあ、尊い……今日も旦那様はステキだわ……」


主人を支え起こそうとしていたツゥイが、テネアリアの呟きに思わず手を放したので、もう一度座り込むはめになる。


「きゃあ、何をするのよ」

「何じゃありませんよ、そこは悲鳴を上げておとなしく部屋に引き返すところですよっ」


心底呆れたと言わんばかりの目を向けられて、テネアリアは口を尖らせた。


「おかしなことを言うのね。なぜ愛しくて大好きな旦那様の凛々しい姿を見逃さなければならないの?」


むしろ人生の損失だ。

そんな悲劇はテネアリアに堪えられそうにない。


首を傾げれば真っ青になったツゥイが、びしりとユディングを指さしている。


「あんなおっかないの、存在自体が悪です!」

「まあ、なんて無礼なの。私の侍女が本当に申し訳ありません」


テネアリアがユディングに謝れば、ツゥイが違うっと地団駄を踏んでいる。

それも侍女にあるまじき行為だ。

彼女はユディングに関わると恐怖からポンコツになってしまう由々しき呪いにかかっている。


「いや、とにかく近づかなければそれでいい」


紅玉の瞳が困惑げに揺れているけれど、そこにあるのは労りだ。

真面目で優しいユディングが周囲から恐れられているのは本当に解せない。


だからテネアリアは一歩前に踏み出して、ツゥイにすがり付かれた。


「だ、ダメです、姫様っ、殺されるっ!ここは殺害現場ですよっ!?動かぬ証拠がう、後ろに……っ」


ユディングは大剣を片手に頭を掻いた。

その手にはベッタリと血糊がついている。

真っ赤な血は、服にも飛び散ってさながら恐怖の象徴のようではあるが、テネアリアはウットリと見つめるだけだ。


「はぁ……今日も格好良すぎるわ……愛しています、ユディング様」

「そ、そうか……」


ウロウロと視線をさ迷わせて、ぎこちなく答えるユディングに悶えるしかない。

格好よくて可愛いとか、控えめに言っても最高だ!!


「ああ、お前、そんな格好で解体したのか!?」


後ろからやってきたサイネイトが悲鳴をあげつつ、盛大に文句を言うという高度な技を披露した。


よく見ればユディングの後ろには巨大な獣が倒れているのが見える。


「早くしろと言っただろ」

「確かにいつまで大熊を放っておくのか苦情がきてたから早く片付けろって言ったぞ。けど、誰が政務の格好で剣を振り回せって言ったんだよ。ちょっと考えれば分かるだろうが!また、城から悪い噂が広がる……」


衣裳担当でもサイネイトの文句に、ユディングはひたすらに眉を下げている。


ツゥイはがくがくと震えていて、サイネイトはカンカンに怒っていて。

わりと混沌とした状況ではあるものの、テネアリアはニコニコと笑顔だ。


「剥いでなめさないと、使えない」

「妃殿下への贈り物を現地調達して手作りするんじゃないっ!普通に買ってこい!」

「だから狩ってきたじゃないか……」


困惑顔のユディングが尊い。もう崇めるべきではないだろうか。

サイネイトが地面に崩れ落ちたのを眺めながら、テネアリアは笑みを深めたのだった。


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