第33話 仲良し
二階に上がれば、ホール全体を見渡せるようになっている。
バルコニーのように張りでた一角にテーブルがセッティングされていた。最初からこちらに席を用意してゆっくり話すつもりだったのだろう。
楽しく歓談する者、ホールの真ん中で踊る者、ワインを楽しむ者とそれぞれを横目に見下ろしながら席に着く。
「客を放っていいのか」
「少しの間だけだ。ほら、今年はいい出来だったんだ。お前も飲め」
給仕係がグラスと軽食を乗せた皿を机に置けば、プルトコワはグラスを掲げた。
ユディングは何も答えずに、グラスを掴む。
「妃殿下は?」
「私はお酒が飲めませんので、申し訳ありませんがご遠慮させていただきますわ」
「では、シードルで。こちらはジュースですから」
プルトコワが合図をすれば、傍に控えていた給仕係が優雅な仕草で別のグラスを運んできた。どこまでも行き届いている。
城とは、別の優雅さがある。
ユディングが治めている城は、どちらかといえば軍人色が強い。きびきびとしていて、無骨だ。対して公爵邸では貴族らしい様が見られた。
「おまえは昔から無骨だから。本当に兄さんに似たんだな。愛想がなくて妃殿下も大変でしょう」
「とんでもありません。優しくしていただいていますわ。先ほども綺麗だと褒めていただいたところです」
「…げほっ」
ワイングラスを鷲掴みでがぶ飲みしていたユディングが盛大にむせた。
「なっ…」
「珍しい。お前がそんなに取り乱すなんて…仲がいいね」
「……っ」
「ええ。愛しくてカッコいい旦那様ですから」
テネアリアはユディングの腕にしがみつくと、これみよがしににこりと微笑んだ。
夫がびしりと固まったが、今はそれどころではない。
ここでのアピールが後の行動を決めるのだ。
できれば、敵を盛大に煽っておきたい。
テネアリアは少しも嘘は言っていないので、ユディングは照れるなり恥ずかしがるなりしてもちっとも構わない。むしろご馳走さまと言いたいくらいに満足だ。
「サリィ様も驚かれていることだろう。不愛想な君に、こんなに愛想よくしてくれるお嫁さんがくるだなんて」
「サリィ様とは?」
「この子の母だよ。物静かで月の女神のような神秘的な方だ」
「知らない」
瞳を細めて懐かしそうむように語れば、ユディングが一刀両断した。
「お前はいつもそう言うけれど。肖像画をたくさん見せて話も聞かせてやっただろう」
「まあ陛下のお母様の肖像画があるのですか」
なぜか城には一枚もなくて、サイネイトも見たことはないと話していた。
皇帝の肖像画はあるが、ユディングですら成人してからの一枚しかない。あまり興味がないのだなとは推測していたが。
「私が趣味で絵を描いていてね。彼女にはよくモデルになってもらったんだ。だからこちらに何枚か絵が置いてあるよ」
「素敵ですね。私もユディング様の絵が欲しいですわ。一枚、描かせてもらってもよろしい?」
「いやだ」
はしゃげば、心底嫌そうな顔をした夫がいた。これはだめなやつだ。本当に絵を描かれるのが嫌なのだと分かる。
じっとしているのが辛いからだろうか。
こっそり描いてもらうぶんには構わないかしらと企んだことは、もちろん内緒だ。
いろいろと考え込んでいると、ユディングはいつもの調子で口を開いた。
「俺の絵なんて持っていてどうする。つまらないだけだ」
彼はどうしてこうも自己肯定感が低いのだろう。
悪鬼だの冷徹だのと好き放題言われていても言い返さないのはその通りだと彼自身が納得しているからだ。
テネアリアには何よりそれが悔しい。
こんなに優しくて気遣いができてカッコいい夫を、彼自身が馬鹿にしているのだから。
「何をおっしゃいます。大好きな旦那様の凛々しいお姿を四六時中眺めていられるのですよ。こんな幸せなことがありますか」
「いや、それは全く幸せに思えないが…」
「ユディング様がどれほど否定されても、私は幸せなんです。だから描いてもよろしい?」
「……好きにしろ」
「ありがとうございます。ついでにたくさん描いてもらって城中に飾りましょう。どこに行ってもユディング様の肖像画が眺められるなんて幸せだわ」
「それは本当にやめろ」
うっとりと夢見心地で告げれば、真剣に止めてくる。
なるほど城中に飾り立てるという計画はこっそりと実行しなければならないらしい。
テネアリアはどうすればさりげなく飾れるかを思案する。
「羨ましいことだね、こんな可愛らしい奥さんをもらって幸せだなんて」
「私がとても幸せなんです。本当にありがたいことですわ」
「もう黙れ」
怒りに震えるほどの重低音でユディングがつぶやいた。
「まあユディング様ったら照れてらっしゃる」
「え、照れているのか」
見慣れないプルトコワは訝しげに首を傾げている。これがサイネイトなら一緒に面白がってからかってくれるのだが、やはりほとんど交流のない叔父ではこんなものなのかもしれない。
テネアリアは大きく頷いた。
「はい、とても。ユディング様、もうおしゃべりはいたしませんから、こちらをどうぞ。お酒ばかりでは体に悪いですもの。はい、あーん」
いつものように口にバケットを差し出せば、彼は渋面のまま口を開けて咀嚼した。
慣れというのは恐ろしいものだ。
あんなに嫌そうにしていたのに、反射的に口を開けてしまうのだから。
「おいしいですか」
「ああ」
「では、こちらもどうぞ」
炙った肉をフォークに刺して、口元に差し出せばこちらも素直に口に入れる。
テネアリアの心臓は先ほどからきゅんきゅんしている。
なんて可愛い夫だろう。
傍からはいちゃついているようにしか見えないのに、彼にとっては普通の食事なのだから恥ずかしがることはないのだ。
今まで餌付けしてきた自分によくやったと言いたい。
「本当に仲がいいんだね」
プルトコワは張り付けたような笑顔を浮かべて、抑揚のない声でつぶやくように告げたのだった。
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