第2話 対面

テネアリアを乗せた馬車が皇帝が住まう皇城の表玄関に停まった。

素早くツゥイがヴェールを下ろしてくれる。薄いレース越しにゆっくりと扉が開いて、光が差し込むのがわかった。


目の前には、大きな体躯の男がいた。ツゥイが隣で悲鳴を必死で飲み込むのが聞こえたが全く気にならない。なぜなら、彼の左右に控えるこの国の重鎮たちも一様に固唾を飲んでいるからだ。恐怖に引きつる顔をひたすら俯くことで隠しているのだから。

唯一ひょろりとした淡い金髪の青年だけが、興味深そうに見守っていた。


男は真っ白な衣装を着こんでいる。自分と揃いなのだろう。漆黒の艶やかな髪は短く刈り込み、紅玉を思わせる赤い瞳は猛禽類を思わせるほどに鋭い。太い眉には深い谷を思わせる皺が刻まれ、高い鼻梁に続く薄い唇はへの字に曲げられている。

文句なく整った容貌なのに、あまりに禍々しい雰囲気に皆、顔が引きつっている。

嫁いだ娘が泣き出すか、逃げ出すか、発狂するかをひたすら心配しているようだ。


「ようこそ、テネアリア様。私はサイネイト=フランクと申します。この国の皇帝補佐官をしております。こちらはツインバイツ帝国第十二代皇帝のユディング=アウド=ツインバイツ皇帝陛下です。この度は遠路はるばる我が国に輿入れいただきありがとうございました。このまま簡単な婚姻式を挙げますが、その後はお部屋のほうでおくつろぎいただければと存じます」


口を全く開かない男に代わって、隣にいた青年が穏やかに口を開く。

皇帝よりも先に発言するのは不敬には当たらないらしい。

テネアリアは頷いて、男に頭を下げた。


「はい、わかりました。陛下、お初にお目にかかります、テネアリア=ツッテンと申します。末永くよろしくお願いいたしますね」


彼は彫像のように動かない。

奇妙な沈黙が場を支配した。


だが、不意にどすっと鈍い音が響いた。

何の音かヴェールを被って視界の悪いテネアリアはわからなかったが、ツゥイが息を呑んで目を丸くした。


「さっさと手を取れ!」


青年が小声で男に向かって指示をする。ああとか、うむとか声を上げて男は丸太のような太い腕を伸ばすとひょいっとテネアリアの腰を掴んだ。


「きゃあっ」

「姫様っ」


そのまま俵担ぎのように肩へと乗せられて思わず目を丸くする。

彼の逞しい肩が腹に食い込んで、息が詰まる。


「この馬鹿っ、姫君をもっと丁寧に扱え」

「運ぶんだろう?」


心底不思議そうな声が真後ろから聞こえて、テネアリアは彼の背中をばしばしと叩いた。意図は伝わったようで、ぐるんと視界が回る。

ユディングは肩に担いだテネアリアの腰を両手でつかんで目の前に持ってくる。本当に荷物になったようだ。


「どうした」

「腕に乗せて抱えていただけると大変助かります」

「腕?」


彼は片腕に自分をのせて収まりのいい場所を探しているようだった。彼の腕に座る形になると、目線の高さがやや上になる。

テネアリアは思わずぎゅっと彼の顔を抱きしめた。

黒髪のさらりとした手触りが思いのほか、気持ちいい。


「ふふ、柔らかいんですね」


びしっと音を立ててユディングが固まった。

ツゥイは真っ青になりながら、姫様っと小声で窘めてくる。

サイネイトはなんだこいつらと言いたげな表情で、茫然としていた。


結果的に、時が動くまでテネアリアは漆黒の髪の手触りを楽しむのだった。

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