第1話 おとぎ話の始まり
霧深い皇都として有名なジャイワの石畳を一台の馬車が進む。
白を基調とした優美な箱馬車はからりからりと車輪を回して、皇城へと向かう道をひた走っていた。
大陸の西半分を占めると言われるツインバイツ帝国の皇帝の挙式を行うためだ。
そのため箱馬車の周囲には屈強な騎士たちが周囲を隙間なく取り囲んでいる。
それを窓に取り付けられた薄いレースのカーテンからちらりと眺めて、テネアリア=ツッテンは幸せを噛み締めていた。純白の豪奢な花嫁衣裳に身を包み、心はどこまでもふわふわと落ち着かない。皇帝の前に着けばヴェールを下ろして顔を隠すが、今は旅を楽しむためにヴェールを上げていた。
「怪しいんですよねぇ…」
にまにまと崩れそうになる顔を必死で整えていると、向かいに座った唯一自国から連れてきた侍女が疑わしげな視線を向けてくる。
テネアリアが幼い時から自分の世話をしてくれた侍女だ。茶色の髪にブルネットの瞳を持つ彼女は容姿も平凡だが、とある一点において自分の世話係を命じられた。
結果的にこうして嫁ぐ際にもついてきている。彼女のほうこそ故郷を離れて、仲の良い家族にもおいそれと会えない状況を寂しがっているのかもしれない。
「どうかした、ツゥイ」
「姫様が自国から出るだなんて、心底不思議で。どうして、嫌がらなかったんですか」
「あら、高い塔に閉じ込められていた病弱な姫が外に出られる機会を逃すわけないでしょう」
「は、あ? どういう認識ですか。馬鹿なこと言っても誤魔化されませんよ。何か企んでらっしゃるでしょうっ」
「まあ、ひどい。主人の機嫌がいいことがそんなに気に入らないの」
「ものすごく機嫌がいいのが怪しんですよ。知ってますか、この帝都は霧の都と呼ばれるくらいに霧深いんですよ。本来ならば」
帝都の周辺は湖沼地帯だ。日が高く昇ってもまだ霧が立ち込めると言われている。そのため帝都は霧の都と褒めそやされる。
だがその帝都ジャイワは、今はすっきりと晴れ渡って真っ青な空も優雅なレンガ造りの街並みもはっきりと見える。まだ朝食を食べる頃の早い時間にも関わらず。
陰鬱さなどどこにもないのである。
「なによ、観光でも楽しみにしていたの。さすがに早朝なら霧深いのではなくて? 明日の朝を楽しみにしなさいな」
「違いますっ、なんでそんなに機嫌がいいのかって聞いてるじゃないですか。祖国から遠く離れた戦争ばかり起こしている帝国の皇帝から求婚されて嫁ぐことが決まってからずっと機嫌がいいですよね。知ってますか、この国の皇帝がなんて呼ばれているか。血濡れの悪鬼、戦争狂のオーガですよ?!」
「さすがに帝国の騎士に囲まれているのに、そんな言葉をつらつら述べる貴女の太い神経に呆れるわ。いいじゃない、格好いいわよ」
「格好いい…? 豊かな土壌が欲しいと隣国に戦を仕掛け、鉱山があると聞けば戦を仕掛け、美姫がいれば強奪していく…欲しいものは力づくで奪っているような噂のある男ですよ。殺した敵大将の体の一部を切り取って部屋に飾るような野蛮な男ですよ?!」
「噂でしょ。ツゥイも実際に見てから言いなさいな」
「やっぱり怪しい。噂をご存知なんですね。全てを知っていて、それでも格好いいとおっしゃられる…何を企んでおられるのですか」
堂々巡りだ。
らちが明かないのはわかっているので、テネアリアは微笑む。
「私の機嫌がよくて何よりでしょう。どうして、そんなに文句を言うの」
そう指摘すれば、侍女がそれ以上何も言えないことを知っている。現に、苦虫を噛み潰したような顔をしてツゥイは黙った。
「安心してちょうだいな。しっかりと先方の期待には応えるから。囚われの姫はばっちり助けてくれた英雄に惚れるのよ」
「え、突然おとぎ話ですか…?」
自国のおとぎ話を持ち出した主人を不審そうに見つめる侍女に、テネアリアはただただ笑みを深めた。
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