第40話 物語

許されたと見做したアタナシヤが話したのは自分の身の上話だ。


彼の母は旅の踊り子で、一晩だけ王に召し上げられた。そして、その一晩で彼を孕んだ。

本来ならば、旅の踊り子は国を去っているはずだった。彼は気づかれずに、どこかよその地で産み落とされたはずだった。

けれど、砂嵐が王国を襲い、一座は滞在を余儀なくされた。その間に、踊り子は国の騎士と恋に落ちた。結局、王国にとどまることになり、そして彼が生まれた。


瞳に王家の特徴を受け継いで。


結果、母は赤子とともに王宮に攫われ後宮暮らしとなった。けれど王から顧みられることはなく、赤子も名ばかりの王子だった。五人目でなんら後ろ盾のない王子など利用価値もない。

そうして彼が5歳の年に母は亡くなり、彼もほとんど存在を無視された。けれど、それはまだ幸せだったのだ。


戦に次ぐ戦によって第三王子までが命を落とした。5人もいた王子はたった二人になり、生粋の正妃の子供である第四王子は王宮に残り、彼が戦場へと送られた。指揮官として名ばかりに。

相手は帝国で、しかも戦神と名高い皇帝がいる。

勝てる見込みのない無謀な戦いだ。


万が一勝てば地位は上がるが、そんな可能性すら見えない。むしろ、誰も彼の生存など望んでいないのは明白だ。


本来の将である男は、低俗だが野心だけはある。あの手この手で帝国の裏をかくような作戦を実行していたが、正面切って帝国軍と渡り合える才覚などない。


のうのうと生きていたけれど、死にたいわけでもない。

困り果てていたときに、声をかけてきたのがセネットだった。彼は間者として隣国でかなりの地位を築いている。それだけ立ち回りが上手いということだ。

そんな優秀なセネットが一つだけ生き残れる術がある、と。

気まぐれな彼女の琴線に触れられれば、彼女に少しでも気に入ってもらえれば可能性はあるとのことだった。


そうしてアタナシヤは、帝国の妃を前に話を終える。


彼女は横たわったまま、起きる気配はない。


困ったようにセネットを見つめれば彼も神妙な面持ちで黙り込んでいる。

やはり、自分では彼女の琴線に触れることは叶わなかったのだろうか。


折角苦労して、セネットが場を整えてくれたが、無駄にしてしまった。


彼は今回、立場を危うくしてまで協力してくれたというのに。

ただ昔、一度だけ結ばれた縁があるというだけで。


「それで、一体私にどんな利益があるというの?」


しばらく静まり返った天幕の中、どこからともなく声が響いた。



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