第47話 暗雲(ヴァウレ視点)

隣国との国境は山々が連なる場所にある。

かつては見張り用として砦を築いていた場所は比較的開けた山間の平地ではあるが、ツインバイツ帝国の進軍に従って、現在の国境に沿ってさらに東寄りに置かれている。


その旧見張り砦はすでに壊されたが、平地はそのままに残っているため、今回の隣国の駐屯地として使われているのだ。


つまり国境は近いとはいえ、領国侵犯である。

そこに三千ほどの兵を配置している時点で、殺されても文句は言えないほどではあるのだが、軍の指揮をとる将ヴァウレ・ヘンデカンはひときわ大きな天幕の中で、昼から酒を飲み、豪華な飯を並べ立て、女を侍らせていた。


駐屯して一ケ月経つというのに、襲撃を受けることもなければ天候は比較的恵まれていて、雷が落ちることもない。

役立たずの第五王子を押し付けられた時は閉口したものだが、うるさい目上の権力者もいないため、思い通りに振る舞える環境を楽しんでいた。


もちろん三千の兵士たちを与えられた理由はわかっている。

この地をかつての国の領土に戻すことだ。

だからこそ地の利に敏い者も引き連れてきたし、帝国の忌々しい皇帝を苦々しく思っている同士に声をかけて、協力を仰いでもいる。


無能であればとっくに潰されているのだから、この年まで生きてきて一個師団を与えられている時点で、己の才覚は十分に理解していた。


名目上は上司に当たる第五王子など、取るに足らない存在である。彼もそのことを理解しており、捕虜を得てからは一緒の天幕で過ごしているようだ。ヴァウレに命令するようなこともなければ、功績を横取りするような気配もない。何も考えずただ生きているだけの王子など、扱いは容易い。そのため、ほとんど存在を認識したこともない。


帝国に進軍したことを恐れていた部下たちも、この穏やかな一ケ月で、随分と落ち着いたようだった。まるで自国にいるかのようにくつろいでいる。

穏やかすぎて、むしろ退屈で。


帝国に嫁いだ少女一人攫うだけで、これほど穏やかな日々が待っているとわかっていれば早々に手元に納めたと言うのに。

そもそも帝国の主が雷を操れるなど、眉唾物の話を鵜呑みにした自分が愚かだったのだろうかと疑いたくなる。けれど、ヴァウレは、帝国の皇帝の力は本物であると知っている。先の戦争で、実体験した者の一人なのだ。

今回引き連れてきた部下たちの中にも同じ経験をした者たちが何人もいる。


だからこそ、この進軍は死地に向かうような心持ちで臨んだのだけれど、蓋を開けてみればどこよりも平和だったのだ。

雷どころか嵐にすら見舞われない。


山の天候は変わりやすいが、ほぼ晴天が続いている。

まったくもって穏やかである。


さすがに一国の妃を攫って皇帝に要望書を突き付けた時には、落雷を覚悟したけれど、そんなことも一切なかった。

すぐに兵士を向けられるかと警戒したが、帝国の協力者のおかげでそんな様子もない。

結果的にのんびりと帝国の皇帝からの返事を待っている日々が続いている。


そんな呑気な昼下がり――じわじわと暗雲が立ち込め始めていた。

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