第8話 誤解

朝食を食べ終えて、セネットに案内されたのは対外的な応接室のような部屋だった。

誰が来るのかと待っていると顔を出したのは、サイネイトだ。ある意味予想通りともいえる。


「おはようございます、妃殿下。私にお話があるとか?」


にこやかに微笑まれて、テネアリアはふっと息を吐きだした。


「主の下に案内してとお願いして貴方がでてくるのだから、私は陛下にあまり興味をもってもらえなかったということかしら」


小首を傾げて見せれば、サイネイトは少し目を見開いた。

十五歳の小娘にしては見所があるとみなおしてもらえただろうか。


「妃殿下は病弱の引き籠りと聞いておりましたが、随分と落ち着いてらっしゃいますね。もう少し可憐な方かと考えておりました」

「あら、期待には応えさせていただきますわよ?」


可憐でも無邪気でも陛下の好みに合わせてなんとでも振舞ってみせると意気込めば、彼は面白そうに口角をあげた。


「いえいえ、これはこれで結構ですよ。では事情をお話ししたほうが賢明ですね。陛下はなんといいますか、基本的に無頓着な方でして…いや、大雑把と言った方がいいのかな。幼少より戦場を駆けずり回っておいでで、どうにも感情の機微に疎い鈍感の激ニブ男なんです」

「は、はあ。さようでございますか」


いっそ悪口ともいえる言葉の羅列に、さすがのテネアリアも呆れる。

だが、彼はわりと日頃から皇帝に対して歯に衣着せぬ暴言を吐くと知っていた。ただし人前では常に皇帝を立てているので、自分に普段の姿を晒していることが驚きだった。


「女子供が自分の容姿に卒倒しようが泣きわめこうが無視するばかりで少しも改善するつもりがない。傍若無人に振る舞うのはまあ皇帝という立場上わかりますが、それにしてもあまりにも酷すぎる。人が遠ざかって孤立してもとにかく気にしない方なのです。それが、昨日は妃殿下のことをずっと気にされておりまして」

「気にする…?」


昨日の様子を思い浮かべて、あれで気にされていたのかと不思議に思えば、サイネイトは大きく頷いた。


「ええ、あんなに表情の動いた陛下を初めて見ました。ですから、もっと関心を引いていただこうと思いまして、こちらの者に護衛をお願いしたのです。セネットは師団長の中でも優秀な者で、なおかつ未婚です。東国へ妃殿下を迎えに行かせた騎士団の責任者でもあり、妃殿下の覚えもめでたい」

「ええと、それは陛下が誤解されるのではありませんか」

「誤解させて動揺させるくらいでちょうどいいんですよ。なにせ朴念仁の唐変木だ。晩餐も初夜もしばらくしないだなんて、本当に意固地な男なんです」

「昨日一日休ませていただいただけではありませんの?」

「そうなんですよ、聞いてくれます?!」


苦々しげに吐き捨てたサイネイトに思わず問いかければ、突然キラキラした瞳を向けられた。よほど鬱憤がたまっていたのだろう。


「長旅で疲れている、病弱だから休ませてやりたいなんて、それらしい気遣い見せてますけれど、ようは妃殿下に泣かれるのが怖いだけなんですよ。昨日は一日だけなんて言ってたくせに今朝になったらいつの間にかしばらくなんてことを言い出して…全くあんなに意気地のない男だとは思いもよりませんでした。妃殿下を放置すれば泣かせることになるって気づかないんですよ。いや、本当に妃殿下からいらしてくださって助かりました。陛下の胸の内を早々にお伝えしたかったので。ですが、説明するまでもなくいろいろと納得していただいているようで、聡明な妃殿下に感謝しきりです」

「気苦労はとても伝わりました。ですから、護衛などと遠回しなことをせずに直球で突撃させていただきますわ。もちろん、お時間作っていただけますわよね」


笑顔を向ければ、補佐官は破顔した。


「私、妃殿下のその思い切りのいい性格が大好きですよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る