第9話 食事

「失礼いたします、お茶の用意が整いました」


午後の休憩時間を見計らって、ワゴンを押しているツゥイと共に皇帝の執務室へと足を進める。


正面の執務机について、書類に目を通しているユディングは顔を上げることすらしない。

心得ているサイネイトが入ってきたテネアリアに微笑んで、パンと一つ手を打った。


「休憩にしましょう。そちらのテーブルをお使いください、妃殿下」

「妃殿下…?」


手を叩く音に顔を上げたユディングがサイネイトの言葉に首を傾げつつ、入り口を見つめてお茶の用意が載ったワゴンの横に立つテネアリアに気が付いた。顔を強張らせているが、怒っているのだろうか。


「お邪魔でしたか?」

「休憩しようと思っていたので丁度よかったですよ。陛下ももう少し顔の力を緩めてはいかがです。まるで怒ってるみたいで、困り顔だなんて誰もわかりません」


休憩と聞いて、執務室にいた政務官たちは静かに部屋を出ていく。きっとテネアリアに気を遣ってくれたのだろう。

主の不興を買わないようにと祈りの籠った視線を向けられるが、健闘するとしか言えない。けれども、サイネイトは機嫌よく招いてくれたので、皇帝の機嫌が悪くなったわけではないようだ。


「…………どうやって緩める」

「ぶふっ…開口一番聞くことがそれとか…お前は俺を笑い死にさせるつもりか」

「お前は殺してもなかなか死なない」

「はいはい、誉め言葉として受け取っておくよ。今日のお茶はなにかな」


軽口を叩いて、サイネイトがテネアリアに近づく。


「サバランの二番茶と聞いております。陛下がお好みだとか?」

「こいつにお茶の味がわかるわけないない。苦くて砂糖をたくさん入れられるから頼む回数が多くなるだけだよ」

「あら、お茶にお砂糖を使われるんですね。甘党でらっしゃる?」


大きな体で甘い物を好むのかと微笑ましく思えば、そんな話でもないようだ。

サイネイトが首を横に振る。


「食べる時間も惜しい時の栄養補給。ほんと、食事に頓着しないんだ」

「え、その…お体は大丈夫なんですか」

「問題ない」

「問題ないわけあるか。お前のそのデカイ図体をどうやって維持してんのか本当に不思議だよ。どんだけ周りが言っても食べないんだから」

「水と砂糖と少量の塩があれば生きていける」

「それ最低限の栄養だからね。戦地でももう少しましな食事だろうが」


サイネイトが呆れたように告げても、ユディングは全く気にした様子はない。


「あの、本日は何を召し上がられておりますの?」

「………………」

「へ、陛下…?」

「……………水」

「ツゥイ、今すぐに手軽に食べられる食事を頼んできてくれる?」

「かしこまりました」


生憎とワゴンに載っている茶菓子はシンプルなクッキーで枚数も少ない。これでは足りないだろう。

ワゴンを置いて、部屋を出ていくツゥイを見送ってユディングに向き直る。


「本日の晩餐はご一緒させていただきたいですわ」

「………………」

「よろしいですわね、陛下」

「……不快ではないのか」

「何がです」

「俺と一緒に食事など…楽しくない」


これはユディングが楽しくないのではなく、テネアリアが楽しくないと言っているのだろうか。

面白そうに笑うサイネイトの顔は状況を楽しんでいるだけで止める気配はない。

テネアリアは執務机の横から、ユディングの傍近くに立つ。


まっすぐに紅玉のような瞳を覗き込む。

宝石を溶かし込んだかのような真っ赤な色は、ワインよりも輝く赤だ。


「陛下、私、この国に嫁げて心から喜んでおります。陛下には感謝と愛を捧げます。どうか私の傍にいて実感していただけませんか」

「……な、にを」

「私は陛下が傍にいるだけで幸せです。溢れて迸るほどの愛情を抱いています。とにかく私に愛されることに慣れて欲しいのです」

「勘違い…」

「勘違いでも間違いでもありません。自国で軟禁されていた私に求婚してくれたのは陛下だけですもの。一目惚れで、心底、愛しているのです」


一字一句に力を込めて真剣に告げれば、真っ赤な瞳がウロウロと彷徨う。


「ですから、一緒に食事をとりましょう。もちろん、今からですわよ」


有無を言わさず押し切れば、彼はなんとか頷いたのだった。




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