第25話 告白

「侍女と喧嘩をしたと聞いたが」


山道を登りながら、それまで黙っていたユディングが切り出した。

朝の挨拶をして今日の行程を聞いて、山の麓まで馬車で運ばれ、霊峰にあるという霊廟まで山道を二人で歩いているときの事だった。


それまでむっつりと黙っていたユディングは前を向いていて、さくさくと進んでいく。それに必死でついていきながら、地面を見つめていたので一瞬何を問われたのか分からなかった。


「え?」

「侍女と喧嘩をしたんだろう。朝から一言も話していなかった」

「あ、はい。いえ、その…」


確かにツゥイは朝に昨日は言い過ぎたと謝ってくれた。やらかした自分を決して責めることはしなかった。それに素直に頷けなかったのはテネアリアだ。


侍女と喧嘩するなんて子供っぽいと思われただろうか。そもそも淑女としてはどうなのか。皇帝の妃としては失格だという自覚はある。


「いえ、少し行き違っただけですから」

「それで皿を投げつけたのか」

「え、違―――っ」


違うのだと声を大きくして叫びたい。

癇癪起こして侍女に皿を投げつけるとかどんな非道なお姫様だ。そんなの物語の姫には全く似つかわしくない。

サイネイトの描いていたおとぎ話のお姫様のようになりたいのに。どうしてこうも上手くいかないのだろう。


だが、話せない。

詳細を話せば、自分の力のことも話さなければいけなくなる。


ぐっと押し黙ったテネアリアは、唇を噛み締める。


「何かあれば言っていい。お前は、いつも我慢をしているように見える」


不意に足を止めたユディングがテネアリアの汗に張り付いた横髪を優しく払いながら告げる。

労わりに満ちていて、どこまでも優しい。


赤い瞳が真っ直ぐに自分を映していて、それだけで心臓がぎゅっと引き絞られたかのように痛い。


「私、ユディング様が好きです」


見つめ返せば、彼は困ったように眉間に皺を寄せた。


「好きで好きで好きでどうしようもないくらい好きなんです!」

「それは……とても困る」


でしょうね、そういう顔してますもんね。

テネアリアは泣きたいような笑いたいような複雑な気持ちで俯いた。

いつでも全力で前向きでいるのは難しい。


たまには甘えたい。

甘やかしてほしい。

いや、少しでもいいから恋愛的な気持ちを向けてほしい。


始めは傍に居られれば満足だったのに、言葉を交わして寄り添って。見つめ会える距離にいられるだけで満たされた。それだけで嬉しかったのに。


いつの間にか欲深くなってしまった。

もっともっとと心が叫ぶ。


愛してくれなくてもいい。そう思っていたのに。嫌わないで。ただそれだけだったのに。

今は好意を少しでいいから向けてほしい。

いや、それよりも。


「……疑わないで」


下を向いていたけれど、はっとユディングが息を呑んだのがわかった。


「私の気持ちを疑わないでください。私は貴方に危害を加えるつもりなんか少しもないんです」

「―――っ」


ユディングが何か言いかけた時、すっと二人の間を切り裂くように飛んで来る物体があった。それは近くの木にとすんと刺さる。


「矢?」

「禁足地だぞ、余所者め」


ユディングが吐き捨てつつ、テネアリアの体を抱き寄せた。彼の厚い胸板を感じながら、テネアリアは喜びで満ちていた。襲われた瞬間、彼は自分を疑うことなく当然のように護ってくれたのだから。

けれど声を上げる間もなく、剣を抜いた彼は飛んでくる矢のいくつかを薙ぎ払った。


硬質な音とともに矢が地面に落ちる。

だが飛んでくる数が多い。

そのうちのいくつかがユディングの腕に刺さったのを見て、テネアリアの頭は真っ白になった。


「私の愛しの旦那様になんてことを!」


叫んだ途端に怒りが沸点をゆうに越える。そしてぷつりと意識が切り替わった。

思い知らせてやる。思考は一つ。

だがすぐに何千という思考が重なる。それは様々で頭の中をかき混ぜるような気持ちの悪いものだ。

霊峰というだけあって、ここはどうしても同族の数が多い。

だが、思考に埋もれてしまっては自分の存在が消えてしまう。


『アソブ』

『オコル』

『アツマル、アツマル』

『バツヲ』


『報復を与えるの』


渦を巻くような思考の中、テネアリアははっきりと伝えた。

それだけで喜ぶように一つの思考にまとまる。


『アタエル』

『アタエル』

『アタエル』


テネアリアの体から力が抜けてユディングが慌てて名前を呼ぶ声がした。それを遠くに聞きながら空へと駆けるような気持ちで意識を手放した。



そうして、霊峰の裾野に雷が幾つも落ちたのを麓の町は神のお怒りだと平伏しつつ見守ったのだった。




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