第44話 妻たる者
「ユディング様!」
かっと目を開けて、思わず体を起こしたテネアリアは、そのまま痛みで体を前に倒して呻いた。広い天幕の中で、寝台がぎしりと音を立てるが気にしてもいられない。
もともと体に戻る時間は最低限にしているけれど、先ほど見聞きしていたユディングの言動に衝撃を受けて戻ってきてしまった。
「妃殿下、いかがされましたか?」
側に控えていたセネットが思わず駆け寄ってきたが、答える余裕もない。
「お水をどうぞ」
アタナシヤがグラスに水を注いで手渡してくれる。それを受け取りながら、一息に煽る。
ちなみに、アタナシヤとセネットはテネアリアの監視員として同じ天幕にいる。
もちろん最初に顔を見せた男はこちらの天幕に入れないようにしているので、この二人を頼るしかないというのが現状だ。
テネアリアにとっては別にいてもいなくても変わらないが、こうして甲斐甲斐しく世話を焼かれれば、まあ側にいてもいいかとも思う。
「何をご覧になられたのです?」
「ユディング様がここに単騎で乗り込んでこられるわ」
「は?」
「単騎で? そこは止めるべきでしょうに」
ぽかんと口を開けたアタナシヤの横で、呆れたようにセネットがたしなめてくる。
「私に言われても困るわ。陛下の考えだもの」
「どうなさるおつもりですか……いや、聞かなくてもわかりました」
にんまりと笑ったテネアリアの表情を見て、深く息を吐く。
「え、止めないのですか。本気ですか」
「陛下は有言実行の方ではある。けれど、本来単騎となると難しいというか無謀としかいえませんが……うーん、それを妃殿下が叶えて差し上げるおつもりなのでしょう?」
愕然とした顔をしたアタナシヤに諦めろとセネットが首を横に振って、テネアリアに確認してくる。
「夫の意向に沿うのが妻なのではないの」
胸を張って答えれば、小さなうめき声が返ってくるだけだ。
「こちらも話を勧めるしかありません。殿下、お覚悟はよろしいか」
セネットがアタナシヤに視線を移して、重々しい口調で問いかける。
少年は小さく頷いて薄紫色の瞳に覚悟を宿らせる。
それを見て、小さく頷いた騎士にテネアリアは鼻白んだ。
「私がついているのだから、もう勝ったも当然ではないかしら。そんな決死の覚悟など必要ないと思うのだけれど」
「妃殿下のお力はもちろんわかっているつもりではありますが、殿下の一生がかかっているのですから。なんとしても成功していただかなければ」
「おまえは自分の子ならかわいいのね。私の体のことなどちっとも大切ではないくせに」
思わずぼやけば、セネットがわかりやすく固まった。
図星を指されたということか。ならば納得ではあるが、普段が嫌みなくらい隠している男がこんなときだけわかりやすい態度をとるというのもなんだか業腹だ。
つまりは、自分の子がこれほどかわいいと自慢しているようなものではないか。
「は……?」
「え……?」
だが、セネットとアタナシヤが同時に疑問を口にしたとき、テネアリアはようやく考えていた状況ではないのだと気づいたのだった。
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