第42話 恋情
のんびりと捕虜生活を送りたいかと言われれば、お断りと言わざるを得ない。退屈なのは無理だ。
自国の塔で過ごしていたときでも、好き勝手に出歩いていた。もちろん、体を置いて。
けれど、ここで同じことができないのはわかっている。肉の衣を管理する体制が整っていないからだ。
現在、それが完璧にできるツゥイが傍にいない。
そもそも意識のない体を管理することはとても難しい。基本的に寝たきりなので、定期的に体の体勢を変えなければならない。意識のない相手に水分や栄養を適宜与えなければならない。そのための技術を持った管理人がツゥイたちの一族だった。
セネットは傍系というだけあり、大まかな知識しか持っていない。だから、彼には預けられないのだ。
簡単には体を放って遊びに行けない。それが思いの外ストレスになった。
普段口うるさいけれど、やはりツゥイは優秀なのだと知る。
結果、八つ当たりされるのは同じ部屋にいるセネットとアタナシヤになった。
「ユディング様はいつになったら、お越しになられるのかしら」
「今は奪還の作戦を立て、兵を集めておいでですよ。計画が整わないうちから動かれる方ではありませんから。それに、妃殿下の方がお詳しいでしょう?」
びくりと体を震わせて怯えたアタナシヤの隣で、冷静に返したのはセネットだ。
どうせ抜け出して見に行っているのだろうと当て擦られてますます苛立ちが募る。
「近くまで来てくれさえすれば、直ぐに焼き野原にしてさしあげるのに」
「当初の話から随分とずれますよ。それでは助けに来て貰うわけにはいかないのでは?」
「だって待つのに飽きたのよ」
「傲慢な妃様だ」
「あら、それは当然じゃない? 実際に、私は偉いのだから。貴方たちは善きに図らうべきなのよ」
テネアリアは自分の価値を知っている。
だからこその態度である。
「陛下の前では随分と猫を被っておられたのですね」
「愛しい方の前なのだから、当然ではないの」
「……ご冗談というわけではないのですよね。因みに、陛下のどの辺りを気に入っておられるのです?」
一瞬、胡乱げな視線になったセネットが思い起こしたかのように尋ねてきた。
「それをお前に教えると思うの?」
彼との出会いなど、取るに足らない在り来りな日常の一つだった。
だからこそ、他者との違いが浮き彫りになったのだけれど。
だからこそ、テネアリアはユディングに強烈に惹かれた。魅せられたと言ってもいいほどに。
魂を震わせて、そしてその場にいた全ての同胞の意思を奪ってしまう程には、染められてしまったのだ。
死にかけていた彼の衰えぬ紅玉の瞳の力強さに、生命の輝きにただただ惚れ込んでしまったのだ。
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