第4話 島国の言い伝え(ユディング視点)
「お前、いつまで笑ってるんだ…?」
婚姻式を終えて、自室で着替え終えた後に執務室にやってくれば、先にやってきていた補佐官はずっと笑みをかみ殺していた。
書類仕事をしながら無視をしていたが、あまりに笑われるのでいい加減に鬱陶しくなってきたため思わず声を上げたがすぐに後悔する。
物凄く楽しそうににやりとサイネイトが笑ったからだ。
「お可愛らしい方だろう?」
「誓いの時にヴェールをあげた顔をちらりと眺めただけだ、わかるか」
「馬鹿だな、そうじゃなくて。もちろん顔立ちも可愛らしいが、お前に抱き着いて頭を撫でてくれたんだぞ」
思わず眉間に力を籠める。
気のせいか、記憶違いかと紛らわせようとしたが、目の前の幼馴染みは逃す気がない。頭をゆっくり行き来する感触を思い出して、渋面を作る。
初めての感触に戸惑ったが。
「あれは、本当に撫でた…のか?」
「ずっと彼女を運んでいる間、撫でられていたくせに。しっかりばっちり見たからね」
人に頭を撫でられた記憶はない。
つまり初めての経験だ。だから、わからなかった。もしくは気のせいだと流したかった。
「お前が荷物のように肩に担ぎあげた時には蹴り飛ばしてやろうかと思ったが、その前に妃殿下が懇願してくれて助かった。泣くことも怯えることもなく、腕に抱えて欲しいだなんて可愛らしいお願いをしてくれるなんて最高じゃないか。小さい妃殿下がお前の腕に座って移動する様は物語のように、滑稽だったな!」
ユディングは、外見の恐ろしさとその無口ぶり、日ごろの行いから本物のオークのように語られているのだ。だからこそ、女、子供に至っては自分の傍に近寄る者は皆無だ。不意に近づいたときには叫ばれ、卒倒され、泣かれる。
それが日常だった。
だからこそ、姫君の反応は斬新すぎて対処に困る。
「ぶふっ、お前の困った顔なんて小さい頃にも見たことないね。あーしばらくは笑えるわ」
思い出して噴き出したサイネイトを叩き切りたい衝動を抑えながらギロリと睨む。
「彼女は何者だ」
「だから、東の島国の高い塔に囚われていた姫様だよ。侍女だって姫様って呼んでただろ」
「普通の姫ではないだろう」
「囚われているのも病弱ってのも、まあ普通じゃないだろうな」
確かに、最初に婚姻を告げた時にサイネイトがそんな話をしていた。
だが、普通のか弱い姫がこんな男に平然と抱き着いてくるわけがない。ましてや頭を撫でることなんてありえない。
「俺の噂を知らないにしても、この見た目で怖がられるだろうが」
「よっぽどの世間知らずなんじゃないか。本当に高い塔から一歩も外に出なかったらしい。そうやって育つと美醜どころか恐怖や恐ろしいと思うこともないんじゃないか」
「そもそもなんで閉じ込められる?」
少ししか見ていないが本人に問題があるようには思えなかった。癇癪を起して暴れるにしても閉じ込められるほどではない。
ましてや幽閉されるだなんて。
「母親が罪人というか訳アリだったらしい。そのせいで産まれたときから軟禁状態だったそうだ。世話人が何人かだけつけられて、その者たち以外には会うこともない、と。まあ病弱で一日のほとんどを寝台の上で過ごしていたそうだから、軟禁されていても生活自体は変わらなかったそうだが。塔の上にいるか平地の城の奥の部屋で寝込んでいるかの違いだな」
「なんでお前がそんなに詳しく知ってるんだ」
「風の噂で聞いて、ちょっと興味持って調べたからだよ。お前の嫁さん候補にばっちりだと思って。結果的に最高だったろう。俺の目に狂い無しってね」
からかう気配を感じて、あっさりとユディングは無視をする。
「供が一人だけか?」
「東の島国からここにくるまでは船旅だからな。さすがにちょっと遠いか。それにしても少ないのはあらかじめ報告を受けている。姫君が望まないからだと書かれていたが、さて誰の意図が絡んでいるのやら。嫁入り道具は一応、先に届いたから彼女の部屋に運んであるが。それも随分と少なかったからな」
「初めて聞いたぞ」
「お前が確認しなかったからだろ、興味でた?」
東の島国の位置を確かめたことはないが、ぼんやりと大陸の地図を思い浮かべれば少なくとも三か月は渡る長旅だ。それを疲れた様子もなく、この城にたどり着いたのだから、サイネイトがいろいろと配慮したのだろう。
「迎えの騎士団も用意したし、帝国領に入ってからは各地の領主の館で体を休めてもらった。まあ長旅だが、それなりに誠意を感じてくれたのかもね。我儘一つ言わない素晴らしい姫だと報告を受けているよ。今日も宿泊場所の地方領主の館から粛々と花嫁衣裳を纏ってやってきてくれたわけだし。ひとまずこちらの対応に不手際はないはずだ。今日のお前の態度以外は」
「………………」
「ここまでおぜん立てしてやって、花嫁を泣かせてみろ。お前の尻を蹴り飛ばすくらいじゃ済まないからな」
彼は温和そうな見た目に反して好戦的だ。わりと行動で示す。
彼がやると言ったらやるに違いないとわかっている。
「晩餐くらいは落ち着いて食事をさせてやってくれ」
「え、いきなり初夜で会うつもりか?」
「今日一日くらいはゆっくりさせてやってくれ!」
ユディングだって好き好んで泣かれたいわけではない。
初めて会った時には泣かれなかったが、次に会って泣かれるなんてご免したい。
それに三か月も旅してきて、病弱ならきっと疲れがたまっているはずだ。
なぜ婚姻式を今日にしてしまったのか、配慮がなかったと焦っているのだからせめてゆっくりと体を休めて欲しい。
「はあ、ほんとどうしたんだよ。戦場では怖いものなしだろうが。あんな可愛い姫君にビビってんの。まあいいさ、今日くらいは勘弁してやろう。ただし会わない分だけハードルは上がるからな。そもそもお前は彼女を助けた英雄なんだから、惚れられた男らしくどんと構えてればいいだろうに」
「この前から、なんだそのおとぎ話のような言い方…」
「姫様の国の言い伝えなんだよ。高い塔に幽閉されていた姫が英雄に救われて恋に落ちるって話」
「俺は何もしていない」
敵を倒したわけでも、姫の国に行って求婚したわけでもない。
なのに、なんでそんな話になってるんだとユディングは内心で頭を抱えた。
「でも、彼女が恋してるのは本当だと思うけど?」
サイネイトがあっさりと爆弾を放り投げてきて、ユディングは心臓が潰れるような思いがしたのだった。
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