第23話 結婚の挨拶
「ご挨拶、ですか?」
久しぶりにユディングに呼び出されたのはあの日から五日後のことだった。
それまでは顔を見せることも呼び出されることもなく、与えられた部屋でひたすらに大人しくしていた。狭い部屋で何日間も籠ることは慣れているので、とくに苦痛に感じることもなく淡々と日々を過ごしたわけだ。
セネットは居心地の悪そうな顔をしながらも護衛についてくれたのでほとぼりが冷めるまでは我慢していたのだが。
「この国の始まりは知っているか」
「北の国の一人の戦士が国を興したときいておりますが」
「そうだ。この国の皇帝は代々勇敢な戦士が担ってきた。多少血筋が物を言うとしても、最終的には試練に打ち勝った者だけが真の皇帝と呼ばれていた。その戦士たちの躯が安置されている霊廟が山の方にあってな。最初の戦士の故郷の山なんだ。霊峰セレク。そこに、結婚の挨拶に行くことになった」
「二人で、ですか?」
「護衛は何人か連れていくが人数は最低限だ。まあ距離もあるし、ぞろぞろ連れてはいけないな。少し遠出になる」
「かしこまりました」
頷く以外の選択肢などあろう筈もなく。
テネアリアは優雅にお辞儀をしてみせるのだった。
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旅程は五日ほどだ。
馬車で一日かけたところに霊峰はある。その麓の町まで行って、次の日に霊峰に向かう。霊廟は山の中腹にあるらしい。そこまで歩いて登り、戻ってくる。
余裕をもって五日だ。
緩やかに進む馬車は、湖沼地帯を抜け、そびえたつ霊峰に向かって草原を征く。
隊列は僅かで、護衛も荷物も最小限だ。
もともとユディングだけではもっと少ない人数で移動するのだろうと思われた。
自分がいるから多いのだ。
ツゥイは後ろの馬車でついてきている。
今乗っているのはユディングと二人きり。
外の景色を眺めるふりをしつつ、ユディングを眺めた。
あの日から初めての二人きりだ。心が晴れるはずもなく、外の天気もどんよりしている。
彼は腕を組んだまま、目を閉じている。口は真一文字に結ばれてまったく動く気配がない。
起きているのだとは思うが、全くテネアリアと会話するつもりはないようだ。
いつもならば、とりとめない話を振るのだが、さすがに声をかけるのは憚られた。
彼が何を考えているのかさっぱりわからない。
サイネイトから話を聞いているはずだ。
間者だと疑われているのも知っている。
それなのに、彼は少しも反応を見せない。考えを明かさない。
それが不安でもある。
沈黙に耐え変えて、恐る恐る声をかけた。
「霊峰の麓の町は賑やかですか?」
「さほど大きくはないな」
尋ねてみれば、いつもどおりのぶっきらぼうな声音で返される。これでは怒っているのかどうか分からない。
それとも、自分はそれほどまでにどうでもいい存在だということだろうか。
窓に目を向けながら、テネアリアは落ち込む気持ちを必死に宥めていた。
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