第28話 揺らがないもの(ユディング視点)
「お前さ、本当にわかってる?」
結婚報告を行ってからようやく戻ってきた城の執務室でサイネイトから呆れた視線を向けられてユディングは、眺めていた書類から顔を上げた。
「あ、その顔はなんにもわかってないな!」
「なんだ?」
「妃殿下のことだよ、なんでそんな警戒心ゼロなんだ。いや、それだけじゃないっ」
びしりと指を突き立てて、彼は勢いよく捲し立てた。
「彼女が移動するときは腕に抱っこして運ぶ、話すときは身を屈める、または抱き上げる、挙げ句のはてにはあんな蕩けるような瞳を向けて! お前、完璧に絆されてるだろっ?!」
「はあ…そんなことはしていないが」
自分の記憶を探してみるが、そんなことをしている覚えがない。むしろ、それ誰の話、人違いではと真剣に彼の頭を心配してしまうほどだ。
「無意識? 無意識なのっ。だったらもっとたちが悪い! 俺が一人で妃殿下を疑ってんのが馬鹿みたいだろうがあっ」
本音はそれだろう。
忙しい中、結婚報告などというバカげた移動を持ち掛けて、襲撃に遭いやすくする。護衛も最小限でいかにも狙ってくださいという状況。
あまりに罠めいていて、結局禁足地で襲撃を受けたわけだが。
その一連はサイネイトの計画だった。だが今回仕組んでも彼女がクロと出ないから苛立っているのだ。
「彼女は無関係だ」
「なんで言い切れるんだ」
「勘、だな…」
「勘だあ? ホント勘弁しろよ、そんなのでこの世の中渡って行けるわけないだろう! 騙し合い化かし合う昨今の政治情勢を見てみろ。お前、殺されるかもしれないんだぞ」
「いつかは誰かに殺される。早いか遅いかの違いだけだ」
「だあっ、刹那的に生きてるお前に言っても無駄ってことはわかってたよ! だから俺が警戒して計画立ててお膳立てしてんのに、お前はヒョイヒョイ妃殿下に近づくしな!?」
「……そんなに近づいてない」
憮然と告げれば、心底馬鹿にしたような視線を向けられた。
「へぇー、そうなんだ。自覚がないのか、この色ボケめっ。妃殿下が姿を見せるだけで近寄って抱き上げて撫でくり回してるヤツの台詞じゃないな!!」
「そんなことはしていない」
近づいてくるのは彼女の方だ。ただ身長差があるので、近づかれると身を屈めたくなるような気もする。
小さな濃い金色の頭が目の前で揺れると撫でたくなるし、囁くような優しい声音で話しかけられればもっと聞いていたいと思う。
ただ、それだけだ。
「だから色ボケだって言ってるだろうが。もうやだ、自覚ない馬鹿のために、なんで俺が悩まなきゃならないんだ。誰も協力してくれないし、孤軍奮闘して俺が愚か者みたいじゃないか」
「まあ、無駄なことだとは思うが」
「ああっ?!」
ぎっと睨みつけられても怖くもない。
ユディングは静かな瞳で見つめる。
自分の中に、確固とした信念がある。
彼女の青緑色の瞳をひたりと向けられて乞われた時から、ずっと揺らがないもの、だ。
「疑わないでと言われた。だから疑わない」
「裏切り者が馬鹿正直に裏切ってますって言うわけないだろうがあああっっっ!」
サイネイトの絶叫が二人きりの執務室にこだました。
と、同時にいくつもの雷が合わさるように落ちたのだった。
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