第27話 激情
落ち着いた頃を見計らって、ユディングは霊廟の中へとテネアリアを案内した。
霊廟はそびえ立つ山を削って神殿を造っている。表の柱も扉の細工も見事な彫り物が刻まれていた。
その入り口をくぐれば、山を掘った洞窟が続く。
濡れた細い道を揺れるランプの光に照らされながら、二人で並んで進む。
「噂のおかげで、こちらに来る回数が増えた。サイネイトが俺が信心深いほうが噂の信憑性が増すというからだ」
「それでここには灯りがついているのですね」
「あれは墓守の仕事だ。俺たちの前に姿を現すことはないが、ここの管理をしている者たちがいる」
程なくしてひらけた場所に出た。
真上を見上げても上がどれ程なのか乏しい光では計れない。
正面には巨大な像が剣を地面に突き刺して睥睨していた。眼光鋭く石像だとわかっていても、震えが走るほどだ。
「あれが戦士ガウリデスだ」
ユディングの祖先であるから、なんだか彼と似ているようにも思えた。
その石像の前に祭壇があり、まだ瑞々しい花が飾られていた。先ほど広場で見た小さな白い花だ。
「そういえばまだ花の名前を伺ってませんでしたわ」
「花の名前? 確か、ラミラとかいうはずだが」
「ふふ、あまり興味がなさそうですわね」
「花の名前を覚えても役に立たない」
「ラミラという言葉は『あなたに寄り添う』という意味ですわ。陛下に言ってもらえるのが嬉しいです」
ラ・ミラと文節で区切れる古語だ。
心は死者に寄り添っていると、寂しくないように願いを込めて祭壇に供えられるのだろう。
ユディングがぐうっと唸る。
嵌められたと感じたのだろう。いつも以上に渋面だ。
「俺は意味を知らなかった」
「ふふ、私は知っていたので役に立ちました」
ユディングからいつもそばにいるだなんて甘い言葉を言ってもらえるわけがないと知っている。彼が自分を好きでないことも、むしろ間者と疑っていることも理解していた。この国に来るまでは甘い期待を胸に抱いて、寄り添える未来を僅かに思い描いていたけれど。
だからこそ、小さな花の名前だったとしても、テネアリアは満足だ。
落ち込んではいられない。
「祭壇の前で何をすればよろしいの」
「俺の横に並んで像に祈りを捧げるだけだ」
憮然とした顔をしたまま、ユディングはやや大股で祭壇へと近づいた。
その横に並んで跪いた彼に倣って、祈りを捧げる。
そうして静寂が辺りを包んだ。
テネアリアはユディングの妻になれた喜びをひたすらに感謝した。
彼は本当に格好よくて、日夜惚れ惚れしていること。
彼の優しさに悶絶絶叫していること。衝動を抑えるのがとてもとても難しいこと。
挙げれば挙げるだけ、次から次へと言葉が浮かぶ。
「そんなに熱心に祈りを捧げるのか…」
一心不乱に報告していたので、どれくらいの時間が経ったのかテネアリアにはわからなかった。
だが、どうやら終わりでいいらしい。
スカートについた土を払いながら立ち上がり、彼を見上げる。
「ユディング様は何を祈りましたの」
「?…結婚の報告に来ると言っただろう。テネアリアが俺の妻だと告げたんだ」
その時の体中を走り抜けた喜びを、言葉にするのは凄く難しい。
テネアリアが激情に震えた途端に、物凄い雷鳴と突風が吹き荒れる音が洞窟の中に反響して轟いたのだった。
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