第29話 面会予約

「起きてるのが辛い」

「なんです、怠惰な生活しておいてまだ足りないと?」

「そうじゃなくて…」


結婚の報告から戻ってきてみてもテネアリアの生活は変わらない。

寝て起きて、時折ユディングに食事をとるように襲撃して、サイネイトからは苦々しげな視線を送られ、セネットからは同情まじりの憐れんだ視線を向けられる。


だからこそ、起きているのが辛い。

そんな心の内を話せば絶対にツゥイに怒られる。

確信がある。

でもどうしても起きていたくない。つまり寝ていたい。


何か良い案はないだろうかとゴロゴロしていると痺れをきらしたツゥイが、面会予約が入っています、と告げた。


「面会、私に?」

「一応は妃殿下ですから、まあ挨拶に来たいとそんな感じの内容でしたが」

「実権もないし、名前だけよ?」

「本人が堂々と仰られるものではないと思いますが、誰しも理解されていることかと。それでも敢えて挨拶したいと言うからには何かあるのではないですか。好意的に考えれば霊廟に挨拶に行ったじゃないですか。それで、正式に認められたのでは?」


あり得ない。

この国はテネアリアの自国ほど信心深くない。始祖は崇めるがどちらかといえば武がすべて、だ。知略ですら馬鹿にされていそうな気配を感じる。

つまりユディングが恐れられて、サイネイトが馬鹿にされているような感じだ。サイネイトはその風潮を利用して上手く手のひらで転がしているが。


とにかく目で見えることしか信じないのだ。

だからこそ始祖に挨拶に行ったところで、テネアリアの地位が向上するとは思えない。

小国から嫁いだお飾りの妃だと思われている。


そもそもサイネイトがユディングの妃に求めたのはおとぎ話のような可憐な姫だ。

頭が空っぽで相手の言うことを聞いて唯々諾々と従う楚々とした姫君だ。ついでに実家が口うるさくなくて、親戚連中も口を出してこない相手であればどこでもよかった。周辺国はユディングを恐れて嫁を差し出さなかったから、ちょっと遠くまで声をかけただけなのだ。


彼の意図を正確に理解しているからこそ、テネアリアは極力大人しくしていたわけだ。

ツゥイに言わせれば、どこがと青筋立てて怒ってきそうだが。


「それで、そんな面会を求めてくる方ってどなた?」

「プルトコワ=デル=ツインバイツ様です。前皇帝の弟君で、現皇帝陛下の叔父上様ですよ」

「あ、ああ…」


とうとう本山が動き出したのか、とテネアリアはため息をついた。


「その反応…やっぱり何かご存知でいらっしゃいますね?」


ツゥイがじとりとした視線を向けてきたので、がばりと体を起こす。


「失礼があってはならないでしょう、ほら早く支度しましょう」

「霊廟からお戻りになられてから、ずっと様子がおかしいですよね。雷が落ちて禁足地の山並みが随分と変わってしまったとか」


誤魔化してみたが、ツゥイは乗せられてはくれなかった。


「ああ、襲撃があったから…と説明したはずだけれど?」

「ええ、聞きましたよ。聞きましたが…皆、不思議なことにその場の護衛の方たちも町の人も陛下の神のご加護だと祈りを捧げられてたんですよねぇぇ?」

「そうらしいわね。私もユディング様からお聞きしたわ」

「へえ、認めるんですね。私、そういう現象を頻繁に見た記憶があるんですけどね?」

「あら、自国で起こることなんだから、この国で起こっても不思議はないでしょう。自然現象なんてそんなものよ」

「陛下の周りで起こるようになったのは三年ほど前らしいですね」

「ほら、時間、時間に遅れるわ」


会いたくない者が面会予約を入れているというのに、ツゥイのおかげで無性に会いたくなるのだからできた侍女だと思う。

思うことにした。

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