第35話 乱入者

「お疲れ様、あちこちで感嘆のため息がこぼれていたよ。二人の仲が良くて参加者たちも一安心だろう」


踊り終えて戻ってくれば、プルトコワがにこやかに出迎えてくれた。軽く拍手しているのに、どうしても目が笑っていない。

そういう姿がユディングに警戒される理由だと彼は気が付いているのだろうか。


テネアリアはドレスの裾を持ち上げて、お礼替わりに会釈した。


「ありがとうございます、とても楽しかったですわ」

「ユディングはものすごく険しい顔をしていたけれど。妃殿下が穏やかに笑っていたから微笑ましく映ったんだろうね。怒り出すなら止めようと思って様子をみていたんだが、杞憂で済んでよかったよ」

「ふふ、ですから陛下は照れているだけなのですよ」

「そう感じているのは妃殿下だけだろうねぇ」


肩を竦めてプルトコワは、ユディングに視線を向ける。彼は仏頂面のままだが、テネアリアの腰に回した腕を放そうとはしなかった。


温かな腕が力強い。

何が来ても大丈夫だと笑っていられる。


「随分と大事にしているのはわかったが」

「はい。大事にされています」

「大事…?」


頷いたテネアリアの横で、当の本人が首を傾げているのだから可笑しい。

だが自覚がなくても彼は自分を大切にしてくれる。それがわかっているから、テネアリアは幸せだ。


「本人が気がついてないなんてね。さあ踊ったら喉が渇いただろう。飲み物でもどうだい」


プルトコワがワイングラスが並んでいるテーブルを示した時、悲鳴が上がった。

何処からか駆け込んできた男が、ユディングの背後からナイフを振りかざしている。

彼は背中を向けていて、初動が遅れた形だ。


テネアリアは咄嗟に、前に出て脇腹に衝撃を受けた。男の握ったナイフが深々と脇腹に刺さっているのが見えた。

きっと自分が動かなくても、彼ならあっさりと撃退できた。頭ではわかっていても、心が嫌だと叫んだ。彼が傷つく姿なんて想像するだけで苦しい。


「何をやってるんだ!」


ユディングの怒号がホールにこだました。

ぽすんと彼の腕の中に倒れこんだが、そのままズルズルと崩れ落ちる。

痛みは熱をもってズクズクと苛む。

彼の紅玉の瞳の中に燃えるような怒りを見つけてテネアリアは泣きたくなった。


「すみません、つい…お怪我は…」

「俺は大丈夫だ、あんな暴漢などすぐに蹴り飛ばしてやったものを!」


実際、ユディングはテネアリアを抱き止めると同時に男に拳を叩き込んで一瞬で昏倒させてしまった。あっという間の出来事だった。

自分は彼の役に立たないと実感した。それどころか足手まといだ。


「ですから、思わず動いてしまったんですって…っ」

「もういい、しゃべるな。すぐに医者を呼ぶ! 」


ごめんなさいと伝えたかったが、ユディングに聞こえただろうか。

鬼のような形相で吼える夫の頬に手を当てて、微笑む。

怒鳴りだしそうな、人を何人も殺したような凶悪な顔をしているが、泣き出しそうな子供のように思えた。

彼が無事で本当によかったと思いながら、テネアリアは意識を失ったのだった。

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