第30話 叔父

「はじめまして、妃殿下」


頭をさげた男はそのまま横に置いていた箱をとって差し出した。


初めて会う男に子供っぽいと侮られるわけにもいかない。表情を引き締め、背筋を伸ばして対面しながら差し出された木箱を見つめた。ビロードで包まれた美しい箱だ。


「ご挨拶が遅くなりましたことお詫び申し上げます。これはささやかですが気持ちです。妃殿下が気に入ってくださればいいのですが」

「いえ、事情はうかがっておりますので…私にですか。何かしら、開けてみてもよろしい?」

「ええ、どうぞ」


箱を開ければ中から青緑色の宝石のついた繊細な細工のネックレスが現れた。

テネアリアの瞳に合わせて誂えたのだろう。


「まぁ素敵。ありがとうございます」

「陛下はあまりこういうことをなさらないでしょう?」

「いえ、先日いただきましたわ」


呪いの人形のようなと侍女が恐れる病気回復の御守りを。

宝石や装飾品にならないところがユディングらしい。まぁ病気の見舞いの品なのだから宝石などを贈られても困るが。


「そうですか」


落ち着いた上品な声音は、どこかほっとしたように緩んだ。変わり者の甥が真っ当なことをして安心したような表情だ。

それが演技なのだから、目の前の男は食えないとテネアリアは思う。


年はユディングよりも十以上上だ。だがどう見ても同じ年かうっかりすると年下に見える。初めて彼の年を知った時は随分と驚いたものだ。

若作りというには驚異的。へんな呪術にかかっているのだと言われても信じてしまう。

焦げ茶色の髪はこの国には珍しくもない色だが、その翡翠の瞳はどこまでも美しい。美貌の虜囚とかつて呼ばれた男は、妖しく微笑んだ。


「あの子はどうも感覚が他人とは違うので心配していたのですがそれを聞いて安心しました。私のことがどこまでお耳に入っているのか少し恐ろしいですが、こうして直にお目にかかれて光栄です。ユディングの…陛下の最愛のお姫様だそうで」

「いやですわ。そんなお話、初めて聞きました」

「城ではその話題ばかりだと伺っております。あの陛下がすっかり貴女に参っているとか」


世辞すら目の前の男が告げれば、うっかり信じてしまいそうになる。

眼差しは温かくどこまでも穏やかで。子供を見守る大人のような顔を向けられている。

情けない姿は見せないように挨拶をしたつもりだが、相手には悟られているだろうことがわかって悔しい。

テネアリアにはどうしたって経験値が不足している。ほとんど引きこもり生活だ。相手と会話すること自体が圧倒的に少ない。知識はあるけれど、実際に対応するのはなかなか難しいと知る。


「どうか気楽に接してください。王族といっても端くれですので。それにかつては虜囚でしたから。あまり身分に頓着しない生活が長かったもので」

「私も自国では病弱で、ほとんど部屋から外へはでておりませんでしたの。もし粗相がありましたらおっしゃってくださいな」

「今は体調はよろしいのですか」

「ええ。陛下にもよくしてもらっておりますから」

「あの戦争ばかりしていた甥っ子が、随分と人間らしくなったものだと感心しております。さすがは妃殿下のお力ですね」

「あら、私は何もしておりませんが」

「それほど魅力的だということでしょう」


テネアリアは笑顔を浮かべてお礼を言った。魅力的とか可愛いとかユディング本人から言われればこんな殺伐とした気持ちにならないだろうなと思いながら。


腹に一物抱えた男に褒められたところで、ちっとも嬉しくないし、むしろ警戒さが増すだけだ。


「長居はお体に障りますね。普段は帝都の外れにある屋敷に住んでおります。また二人で遊びに来てください」

「ええ。陛下と相談させていただきますわね」


ユディングを強調しても彼の表情は全く崩れなかった。

本当に二人で突撃訪問をかましてやろうかとすら思うが、ユディングがどう動くかは読めない。そのため迂闊なことも言えないのだった。


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