第19話 質問

「陛下、暗殺者に襲われたとか……ユディング様?!」


朝から護衛のセネットに昨晩、ユディングが暗殺者に襲撃され、それを返り討ちにしたようだとの話を聞いた。朝食もそこそこに執務室に駆けつけてしまったのは、一重に彼が心配で無事を確認したかったからだ。


だが執務室の扉を開けた途端に悲鳴にも似た声で彼の名前を叫んでしまったのは、仕方がない。正面のユディングが血塗れで立ち尽くしていたからだ。

声に気が付いた彼が顔をこちらに向けて静止する。安定の渋面だが、どこか忌々しそうな表情は初めて見る顔でもある。


「け、怪我を?! 今度はどこを斬られて…」


心配になって慌てて駆けよれば、皇帝の顔は更に鋭さを帯びた。


「来るな!」


冷ややかで鋭い一喝に、思わず足が止まる。


「呼んでいないぞ、勝手に動くな」

「お前ね、言い方があるだろうに。汚れるから近づくなって言えばいいだけだろ。心配しなくても大丈夫ですよ、妃殿下。これ、単なるトマトジュースです」


ぽかりとユディングの頭を叩いて、横にいたサイネイトがのんびりと答えた。


「と、トマトジュース…?」

「無理矢理朝飯を食べさせようとして揉めた結果、こいつの顔にぶちまけちゃいまして…襲撃の件をもう聞かれたんですね。ここしばらくはご無沙汰してましたが、昨日久しぶりにやってきまして。まあ瞬殺で片づけてますから、この通り無事ですよ」

「そ、そうですか」


このとおりと言われても血を滴らせるようにして立っているユディングのどこか無事に見えるのかはわからない。

だが無事と聞いて一気に張りつめていた気持ちが切れた。思わずテネアリアは床にへなへなと座り込んでしまった。


「……!」

「安心して気が抜けましたか。しばらくこちらでお休みください。お前は頭と顔を拭いてさっさと着替えてこい」


硬直したユディングの横で、やれやれとサイネイトが肩を竦めた。


「失礼します、妃殿下。お手をどうぞ」

「ありがとう、セネット」


後ろに控えていたセネットが見かねて手を貸してくれた。なんとか立ち上がって執務室のソファに座れば、確かに朝食が並んでおり、トマトジュースの入ったコップが置かれている。どういう争いが起こって、そんな惨事になったのか。

ユディングが無事ならば、なんでもいいか。


ふうっと息を吐いていると、もの言いたげなサイネイトの顔が近くにあった。

視線を向けると、わざとらしくにこりと微笑まれる。


「何か……?」

「随分と体調がよろしいようで、安心いたしました」

「ええ、もともとそれほど悪くはなかったの。大事をとっただけですから」

「そうですか。陛下からの見舞いの品はいかがでしたか」

「とてもぐっすりと安眠できましたわ」

「は……それは何よりです。相変わらずあいつにとって素晴らしい妃ですね」

「誉め言葉として受け取っておきます」

「もちろんですよ。ところで、質問なのですが陛下が斬られたところをご覧になったことがあるんですか?」


きらりとサイネイトの瞳が光ったような気がした。

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