第15話 お見舞いの品(ユディング視点)

「寝込んでいる?」


朝食を食べろと突撃してくるかと身構えつつ執務室で朝早くから仕事をしていたが、いつになっても金色の髪を見なかった。

そわそわと落ち着かない気分で、サイネイトを見やると彼は察して妃の様子を窺ってくれたようだ。

その報告を聞き終えて、彼が発した言葉だ。


報告しているのは師団長のセネットだ。サイネイトよりやや年かさだが、その実力は確かだ。何度か手合わせもしたこともある。

島国までテネアリアを迎えに行って、その後は彼女の護衛になっていると聞いた。


「そこまで深刻ではないようですが、大事をとって休ませると侍女が話しておりました」

「本当に病弱だな」

「旅の中でもよく休まれていましたよ。そのたびに侍女が気を揉んでいましたが」

「それは聞いていたが、旅だからだと考えていた。こちらに着いて、顔色も悪くなかったし。いや、旅の疲れが出たのかもしれないな。必要なものがないか、侍女から聞いて手助けしてやってくれ」

「かしこまりました。それと陛下は本日、朝食を召し上がられましたか」

「は? お前まで妃殿下に感化されたのか」


サイネイトがからかうような視線を向ければ、セネットは苦笑する。


「妃殿下が気にされていると侍女がこぼしておりました。まだならぜひとっていただくようにと。でないと妃殿下は大人しく休んでくださらないそうです。実際、こちらに乗り込んでくるおつもりだったようですので」

「だそうだが、朝食を運ばせようか」

「……任せる」


食事なんてどうでもいいと切り捨てたいが、彼女なら食べていないと知れば本当に起きて乗り込んできそうだ。


ゆっくり休めないというのなら、自分が朝食をとったほうがましな気がする。


「では、妃殿下の侍女にも伝えておきます」


敬礼してセネットはそのまま部屋を去る。


「いい奥さんじゃないか、自分の体よりも夫の体を心配してくれるなんて。昨日も随分と仲良く食事したんだろう。またあーんってしてもらったの」


サイネイトが言うような可愛らしいものではなく、ひたすら口元に食べ物を押し付けられるだけだったが仲良くといえば仲が良いのか。ユディングには判断がつかない。


「……ああ、襲われたな」

「ぶふっ、お前が無抵抗で? 一体何があったんだよ」

「黙秘だ」

「ふーん、いいよ。妃殿下に聞くから」

「やめてくれ」


まだ負け戦について問い詰められるほうが気分が楽だ。

あんなに細くてふわふわして甘やかないい香りがする少女が、自分の腹に顔を埋めて楽しそうに笑っていたなんて、今思い返しても信じがたい光景なのに。


確かに、ユディングは童貞ではない。

成人する前から戦争に行っていたので、戦地でそういうことは経験済だ。むしろ少年兵にいろいろ教え込むのも好きな女もいて、本当にいろいろ教えてくれた。だが、体格がよくなってからはほとんど性行為をしていない。初めから興味が薄かったが、忌避されるようになってきたからだ。見た目がごついと性格も大変だろうと逃げ出される。そうなると本当にどうでもよくなって、成人してからは数えるほどしかしていない。また暗殺者が行為の最中に襲ってくることもあり、わりと悲惨な光景になるのでますます敬遠されたのも大きい。


だが、そんな誇れない女性遍歴の中でもテネアリアのような可憐な少女にくっつかれた経験はない。全くない。

だからどうすればよいのかさっぱりわからない。

力を入れたら壊れてしまうのではないかとわりと本気で思う。


「とりあえず、お見舞いの品でも用意するか?」

「お見舞いの品」


人生で初めて使ったような言葉に、ユディングは戦慄した。

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