第16話 お礼状
「こちら、陛下からのお見舞いの品でございます」
セネットから手渡された木彫りの物体を見つめたまま、自室のソファに座って本を読んでいたテネアリアは無言になった。
時刻は夕飯を食べ終えてすぐぐらいだ。今日は一日部屋に引きこもっているので、全ての食事を部屋でとっている。食後のティータイムを本を読みながら楽しんでいたのだが、一気に禍々しい空気になるような物体だった。
「なんです、その呪われそうなもの…本当にお見舞いですか。嫌がらせとかではなく?」
横に控えていたツゥイが受け取るのもいやだと言わんばかりに顔を顰めている。
「補佐官殿も見舞いの品は花とか日持ちするお菓子とか果物とかのつもりで言ったと思うのですが、どうも陛下の思考の行きついた先が魔除けで……それも昼過ぎに出かけて今までかかってこれを選んで帰ってこられて。もう別なものを買う時間もありませんでしたから。あ、これ、強力な魔除けなんですよ」
「魔除け? こんな人を今にも呪い殺しそうなものが?」
「昔、帝国が吸収したベネットという土着民に伝わる民芸品でもあります。まあ、見た目がコレなんであんまり好まれはしませんけど」
セネットも好まれないとか言っちゃうのか。
見た目がコレと言われた木彫りは顔が五つくっつけられ無理矢理押し込められたように潰れている。いずれも苦痛や苦悶の表情を浮かべていて、まるで今にも呪詛を吐き出しそうだ。
ツゥイの意見にはおおむね同意だが、ユディングが人に頼まずに自らで選んでくれたという点だけですごく嬉しい。彼が忙しいのはよくわかっているので、昼過ぎから今まで時間を費やしてくれたと思うと申し訳なさももちろんある。だがその間、自分のことを考えていてくれたのかと思うとやっぱり喜びが勝るのだ。
「陛下にお礼を伝えたいわ。お礼状を渡してくれる?」
「かしこまりました」
「すぐに書きあげるから。ツゥイ、用意をお願い。セネット、その置物は置く場所とかの決まりはあるの」
「枕元に置くと怖い夢も見ないでぐっすりと眠れるらしいですよ」
「では、あとで枕元に置いておくわ。今はそこに置いておいて。眺めながらお礼の言葉を書きたいから」
ツゥイが便箋と羽ペンをもってきてくれたので、目の前の木彫りを見つめる。
「ううん、と。異国情緒あふれる置物をありがとうございます、とか?」
「異国情緒っていうか、災禍や呪詛しか感じません」
「でもよく見れば可愛いわよ」
「絶対嘘です、こんなのちっとも可愛くないです。不気味で禍々しいだけですよ」
「もうツゥイ。せっかく陛下が自ら選んでくれたんだから」
「センスが悪すぎます」
「まあ、陛下が誰かに贈り物をするのは初めてだったようで。大目に見ていただけると助かります」
「まあ、それ本当?」
「補佐官殿がそうおっしゃられていました。初めての贈り物がこれとか印象深すぎるって」
笑い転げているサイネイトの姿まで浮かんできて、渋面をますます強張らせているユディングが容易く想像できた。
「なら、私も思い出に残るお礼状にしようかしら」
楽しげに微笑むテネアリアの瞳が虹色に輝いた。
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