#2 南方深部から来た男、転がり込んだ仕事の依頼
「ちょっと、それを見せてくれるかね?」
髭面の男が手にしたガラス容器に、私は横から手を伸ばした。
「な、なにしやがる」
慌てたように、男は手を引っ込める。ブルーの偏光サングラスにアッシュグレーの長髪、同じく灰色のロングコートに身を包んだ私は、どう見ても正体不明で、少なくとも堅気の人間には見えないだろう。
「私が、それを買い取ろう。
「……本当だろうな」
警戒したような目をしながら、それでも男はその小さなガラス容器を、私に手渡した。
ロングコートのポケットに突っ込んだコインケースから、私は金貨を一枚取り出した。今の
「これで、どうだ?」
「こいつは……一兆クレジットか」
男は目を細めて、金貨の表面に刻印された細かい数字を読み取った。
「ありがてえ、恩に着るぜ。……おい、これで文句ねえだろう。釣りはもらうぜ」
「どうも。ありがとうございます!」
店員はポニーテールを投げ出すように勢いよく頭を下げて、男の手から金貨を受け取った。かわいらしく、ニコニコしている。文字通り、現金なものだ。
「あんた、名前は? 俺は、カイネリってんだ」
「私はコーネルという。ゼロ・コーネル。君は、南方から?」
南北に長く続く大陸、この世界に生きる人間のほとんどがその上に住んでいる。
「
べトラ。その町の名は、私も良く知っていた。
「北方じゃこの
彼の言う通り、世界の中心であるこの
しかし実際には、アンプル・ウォレットでの支払いに必要な
「とにかく、助かったぜ。このアンプル・ウォレットが使い物にならねえってんじゃ、身動き取れなくなるところだ」
カイネリは、銀色に輝く小箱をポケットから取り出して、天井のバチェラー燈が放つオレンジ色の光にかざして見せた。このケースの中には、最大五本のアンプル・ウォレットが収納できる。
全て満タンだとすればちょっとした大金だが、過酷な環境下で暮らす南方の人間にとっては、全財産を身に着けて歩くというのもそんなに珍しいことではない。
「
「仕事を頼む相手を探しに来たんだ、俺は」
急に真剣な表情になって、カイネリは言った。
「兄さん、世話になったついでだ、もし知ってたら教えて欲しいんだが、
「予算はどのくらい用意できる?」
「心当たりがあるのかね、あんた。着手金が五兆、成功したら十兆、これが精一杯だ」
つまりはアンプル・ウォレット約三本分、ということになる。
「少々、安いな。だが、とりあえず」
私は上着のポケットから
「腕はそんなに悪くない、つもりだ」
「たまげたな、こいつは」
カイネリは目を丸くして、そして大笑いした。
彼にとっては、ここで私に出会ったのは渡りに船であっただろう。しかし実は私にとっても、彼が持ちかけて来た仕事の内容はジャスト・タイミングと呼ぶしかないものなのだった。
数万ファーレンも彼方の、遠い南方の町まで出向くことを考えれば、彼の提示した報酬額は、本来ならちょっとお話にならないような低額だ。しかし私にとって、そんなことは全くの二の次だった。
「失礼だが、君の
「お、おう。そりゃそうだ、すまねえ」
カイネリが提示した
見事に、札が揃った。こいつは
どこにどんな幸運が転がっているか、分からないものだ。実の所、彼が運んで来たのは、大変な儲け仕事の種だった。
カイネリの今夜の宿泊場所である
遠い南方への出張となれば、通常は出発の準備に二、三日はかかるところである。ところがカイネリは、ひどく急いでいるようだった。
「一刻も早く来て欲しい。交渉の日が迫ってるんだ」
と彼は繰り返し、私としても明朝の出発に同意せざるを得なかった。ただ、私にはその前に立ち寄っておかなければならない場所がいくつかあった。
(#3「第四調査部、ゴライトリー副部長」に続く)
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