#34 汚染区域、怒鳴る工区長

「いや、冗談、冗談です。すんません」

「俺ら、お上に盾突こうだなんて、全く」

 真っ青な顔で、作業員たちは何度も頭を下げた。

第九ドームここの責任者に会いたいのだがね。もし、我々を案内してくれれば、協力者としてシティ当局に報告しよう。先ほどの件も、もちろんそれで帳消しだよ」

 子供に話しかける調子で、私は彼らにそう告げた。案内しなければ、先ほどの件を問題にする、つまりそういうことだ。

「責任者……」

工区長おやじだろう、そりゃ一応」

「じゃあ、準備支所ブランチへ連れてけばいい」

 相談の結果、連中は我々を工区長のところへ連れて行ってくれることになった。


「しかし、おっかないお嬢さんだわい」

 ぶつぶつと呟く先頭の男に向かって、

「お嬢さんではない。クレヴァ刑事殿、と呼びたまえよ」

 クレヴァ刑事がすかさず言った。

「へい、刑事殿」

 大男は、小さく身をすくめるように頭を下げた。


「駅」から地上へのトンネルは、岩盤がむき出しの、全くの素掘りのままだった。

 足許も、岩の所々を削って平らな足場を作った程度の「階段」で、つまりは岩山を登っているようなものだ。

 荒くれ男どもは、その巨体に似合わぬ身軽さで平気で上がって行くし、二人の刑事も力強く岩を踏みしめながら進んでいくが、こちらはついて行くのがやっとだった。想定外の、とんだ冒険だ。

 もっとも、「TUBE」は地下の割と浅い所を走っているらしく、地上までの距離もそれほど遠くはないというのが幸いではあった。


 やがてトンネルは終わり、我々は第九採掘ドームの中へとたどり着いた。ランゲン本社のある第一採掘ドームと同様に、半透明の防嵐シールドに守られた広大な空間。「極渦」の轟音が、そのまま体に伝わってくるのも同じだ。

 ここはまだ建設中ということで、未完成らしい機械装置やプラントが、青いシートに覆われていた。そして、第一ドームのような中央のビル群は無く、代わりに巨大な白い円筒が、砂地に石が転がる殺風景な地面の上にそびえ立っていた。

 周囲には、黒と黄色のストライプに塗装された高い壁が設置されていて、近付く者を阻んでいる。

 その、妙にのっぺりとした建造物に書かれた、「立入絶対禁止」という赤い警告文字を見た瞬間、嫌な感触が走った。これだ、こいつだ、ピクルス・ジュニア社長が言っていたのは。


「何だね、あれは一体?」

 やはり何かを感じ取ったらしく、ナフラム刑事も不審げに顔をしかめている、

 クレヴァ刑事が黙ったまま、大男たちのほうを見た。モヒカンの一人が、怯えたような様子で説明を始める。

「その、あれは事故の現場でして。暴噴事故ブロー・アウトを起こしたんですわ、試掘坑が」

「しかしまた、これは随分と厳重な様子じゃないかね。何か理由があるのかね?」

 ナフラム刑事が訊ねると、三人は顔を見合わせた。


 暴噴というのは、液体の状態で地中に眠っている有価鉱物プライムが高圧で噴出し、制御が効かなくなる状態だ。通常は最終防噴装置FBOPが作動し、超高圧の対抗流体で噴出を抑え込む。

 しかし、それが失敗すると、地上の設備が全て破壊されて、壊滅的な状況をもたらすこともあった。

「再度、暴噴を起こす恐れがあるとかで」

 もう一人のモヒカンが説明した。

「あと、一帯の汚染が……」

「すみません。これ以上は、我々には。勘弁してください」

 モヒカン・Bの言葉を遮るように、三人目が禿頭を下げる。

「後はどうか、準備支所ブランチのほうで……」

 連中の様子は、普通ではなかった。つまりこれは、触れられるのが本当にまずい件だということだ。


「分かったよ。ではとにかく、工区長のところへ頼むよ」

 ナフラム刑事の言葉に、三人はほっとしたような表情を見せた。彼らにこれ以上訊ねてみても、そもそも真実を知らされているかどうかも怪しい。中核へダイレクトに切り込んだほうが、早いというものだ。

 プラント群の谷間のような場所にある準備支所ブランチは、積み上げたカプセル・ルームを剛性金属バンドで固定しただけの、丸っきり仮設の建物だった。

 しかし、そのカプセルを見た私は、またもや嫌な気分になった。こいつは完全気密の、半恒久有害廃棄物ラディワースト耐久仕様だ。モヒカンBは、「汚染」と言った。つまりはそういうことだ。


「コーネル先生」

 クレヴァ刑事が私を見つめた。

「ここは……」

「分かっている。長居するつもりはないよ」

 その黒い瞳に向かって、私はうなずく。もはや、事態の裏は取れたも同然だった。

「そのほうが、良さそうですな」

 準備支所ブランチの背後にそびえる不穏な白い円筒を、ナフラム刑事は険しい顔で見上げた。


 モヒカン・Aがロックを解除して、カプセル・ルームのドアを開くと、

「おい、もたもたしとらんでさっさと入れや! 外気が入る」

 中から、ヒステリックな大きな声が聞こえた。

「ちょうど、工区長が在室のようです」

 モヒカン・Bが、二人の刑事にうなずきかける。

 気閘エアロックの二重ドアを開き、三人組を先頭にした、我々がぞろぞろとカプセルの中に入って行くと、ソファーでパルプ・マガジンを読んでいた男が目をむいた。

「何だ、お前ら。誰を連れてきた」

 身長と、身体の幅が同じくらいに見えるその中年男が、ここの工区長らしかった。マクアウリ常務や、ベニトビ部長たちの仲間ということになるのだろう。


「SLCM保安部隊の刑事案件探索員、ナフラムです。殺人事件の捜査で参りました。こちらが令状です」

 十五条委員会コートの名前が入った書面を、ナフラム刑事は示す。

「馬鹿が……お前ら、保安部隊ポリなんか連れてきやがって!」

 工区長はモヒカンたちを怒鳴りつけ、半裸の女性が表紙に描かれた雑誌を床に投げつけた。

「当局の捜査に協力するのは、市民の義務ですんで。ですよね?」

 モヒカン・Aが私の顔を見る。もうすっかり工区長の側を裏切って、こちらにつくつもりになったらしかった。

「もちろん、その通りだとも」

 私は、力強くうなずいてみせた。


(#35 「荒っぽい説得、工区長の出した正解」に続く)

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