#35 荒っぽい説得、工区長の出した正解

「で、何ですって? 殺人?」

 工区長は、ソファーにふんぞり返ったまま、ぞんざいに訊ねた。

「ここらじゃ、人死になんてそう珍しくもないですがね。みんな不幸な事故ですよ、あくまで」

「でしょうな」

 ナフラム刑事がうなずいた。

有価鉱物プライムの採掘に、事故はつきものでしょう。時には、暴噴事故ブロー・アウト、なんてことも起こるらしいですな」

 その言葉に、工区長は瞬時に顔色を変えた。分かりやすい男だ。


「随分、厳重な対処が必要なようですね、暴噴というやつは。あんなに巨大な円筒防壁で、発生現場を丸ごと封鎖しなければならないとは」

 工区長の目を見ながら、ゆっくりと、私は言った。

「あんた方は、一体……」

 青い顔をしたまま、奴は我々を見回した。

「殺人事件の捜査なんだろ? 事故の被害者は、関係ないはずだ。あれは、事故なんだ。何人死のうが、殺人でも事件でもない」

「死んだ? 何人も?」

 ナフラム刑事が、畳みかける。

「だから、それがどうしたってんだ」

 工区長は怒鳴った。

「本社の調査は終わってる。本社から当局への報告が完了してるかどうか、そんなことは俺は知らん。俺は、ただの現場責任者だ。本社に聞いてくれ、本社に」


 本社、本社と連呼する奴の様子は、隠し事を咎められた子供そのものだった。

 こちらが大人の位置に立って追い詰めれば、衝動的に捨て鉢の行動に出る可能性がある。危険だが、しかしその瞬間を叩けば真実を引き出せるかも知れなかった。やってみる価値はある。

「困りましたね。あなたはあまり協力的とは言えないようです」

 私は、背後のモヒカンたちのほうを振り返った。

「当局の調査に協力するのは? 誰の何だったかな?」

「『市民の義務』です!」

 モヒカン・Bが即答した。

十五条委員会コートの令状が出ている、この意味は分かりますね? 工区長殿。捜査に協力しないということは、我ら羽ヶ淵ウイング・アビスとしては、あなたを反体制主義者として『処理』することも」

 私が口にした「処理」の言葉に、工区長はすばやく反応した。作業服の胸元から取り出そうとする、熱光線照射銃。


 しかし、私の動きのほうが早い。コートの袖口に隠した高出力懐中電灯のスイッチを叩き、強烈なブルー・ライト光束を投げつけた。

「むがあるっ!」

 網膜を焼かれた両目を覆って、工区長はのけぞる。クレヴァ刑事が跳躍し、そのこめかみに実体金属弾銃マグナムを突き付けた。

「動くな。死にたいか」

 低い声で、クレヴァ刑事は訊ねる。

「死にたく、ありません」

 それが工区長の答えだった。正解だったらしい。クレヴァ刑事は、こちらを向いて微笑んだ。

「先制ありがとうございます、先生。あの、ちゃんと、武器を携行なさってたんですね」

「いや、あくまでこいつは地下での照明用だ。たまたま役に立って、良かったよ」

 涼しい顔で、私は言った。しかしもちろん、足元を照らすのにこんな高出力な懐中電灯など不要だ。

 言葉によって相手を動かす私の技能は、緊急時には間に合わないこともある。この程度の反撃用装備は、やはり用意しておかなければならないのだった。


 我々の手荒な「説得」が効いたらしく、工区長は一転して協力的になった。私が聴取した内容全てに、彼は素直に答えてくれた。

 この第九採掘ドームにおいて、最初に瑠璃井るりせい試掘が行われた際に発生した暴噴事故、それは極めて深刻なものだった。

 高濃度の半恒久有害廃棄物ラディワーストを含む、地中の液化ラピスラズリが、熱分解式の採掘装置と熱反応サーマリアクトを起こし、爆発的な勢いで地上に噴出したのだ。マチルダ専務が警告していた事態が、実はすでに発生していたわけである。


 その結果、試掘坑の周辺は大量の半恒久有害廃棄物ラディワーストによって汚染されることになった。汚染区域を覆う、あの白い円筒の中は、強度の瘴性電磁波ラディアクトで満たされており、生身の人間は決して近付くことができない。

 不思議なのは、そんな危険な状況の採掘ドームをランゲン社が放棄せず、再び採掘が可能な状態に戻すべく、工事を続けているということだった。

 実のところ、私はピクルス社長からその理由を聞かされていた。工区長が、それを知っているかどうか。


「分かりません。本当に知らないんだ」

 クレヴァ刑事が実体金属弾銃マグナムを取り出す音に、工区長は怯えたような顔をした。

「私だって、こんな危険な場所で工事を続けるのは嫌なんだ。だが、ベニトビの野郎が、我が社の至上命題だとか言いやがって」

「分かった。信じよう」

 私は答えた。これだけの材料が揃えばすでに充分、この採掘ドームまで来た目的は達せられていた。

「君たちについては、羽ヶ淵への協力者として、本社へ報告することが出来る。また何かの際には、協力をお願いする機会もあるだろう。だから」

 少しだけ黙った後、私は優し気な声で続けた。

「よく考えることだ。沈みゆく側へつくか、世界の支配者である我々につくかをね」

 はい、と声を揃えて、工区長とモヒカンたちは大変良い返事をした。


「よろしかったのですか、先生?」

 彼らを残して準備支所ブランチを退去する際、クレヴァ刑事は私の耳元でささやいた。手元にはまだ、実体金属弾銃マグナムがある。

「彼らをみんな、この場で『処理』するという選択肢もあるように思うのですが。お命じ頂ければ」

 背筋に、ぞくりとするものが走った。この冷たい殺気は本物だ。美しき殺しの天使、とでも言ったところか。こんな辺境に置いておくのは惜しい気もする。

「いや、それには及ばないよ。彼らはもう裏切らないさ」

「そうですか。コーネル先生がそうおっしゃるなら」

 クレヴァ刑事は武器を、上着の下に隠したホルスターに戻した。

「しかし、とんでもない件が出てきましたな。ランゲンの連中、こんな危険な大事故を隠ぺいしていたとは」

 ナフラム刑事が、怒気を含んだ声で言った。しかし、連中が本当に隠ぺいしているのは、さらに危険な事実のはずなのだった。


(#36 「せっかちなゴライトリー、通知と指令」へと続く)

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