#36 せっかちなゴライトリー、通知と指令

 あの恐ろしい「TUBE」に乗って、我々はアーケード・べトラの保安部隊詰所へと戻った。

 ナフラム刑事たちからの報告は、風境区の南方諸街区管理機構SLCM本部へとすぐに上がることになった。しかし、シティ当局から見ればずっと下部の組織に過ぎない管理機構では、大した手も打てないだろう。重要なのは、私から直接上がる、羽ヶ淵本社への報告だった。

 詰所の三階に設置された端末コンソールを借りて、私はゴライトリー副部長への緊急報告書を作成した。

 現地で見聞きしたことを、焼き付けた記憶に基づいて詳細に再現し、その事実がピクルス社長の言った真実を裏付けていることを論理的に証明して見せる。それが正答かどうかは、第四調査部の分析官が検証してくれることになる。


 報告書を多重暗号回線で送信すると、あとは返事を待つだけだった。セロトニン・スティックを取り出しかけて、しかしやめておく。どうせまた、すぐに返事が来るのだろう。

 予想していた通り、間もなく端末の呼び鈴が鳴った。開いたメッセージには、二つの項目が記載されていた。

「本社は、シティ保安警察に武装警備隊ASTの即時派遣を命じ、アーケード・べトラを制圧する」

 まずこれが、一つ目の「通知」。そして二つ目、「指令」があった。

「ついては貴君は、速やかにランゲン社幹部、特に反逆者であるマクアウリ常務と必ず面会し、その事実を事前に予告通達すること。LT/2ОK****」


 目を疑うような気持で、マイクロフリップ・ディスプレイの画面を何度も見直した。しかし、そこに表示された文字列に変化はなかった。

 なぜ、制圧行動を連中にわざわざ予告してやらなければならんのだ? 

 反撃の準備をする時間を与えてやるようなものではないか。まるで意味が分からない。しかし、ゴライトリー副部長の指令には従うしかなかった。

 階下に降りると、二人の刑事は所長のデスクの前に立って報告を続けていた。

「失礼いたします、レイモン所長」

 私も、ナフラム刑事の横に並んだ。銀髪の所長が、灰色の目を上げる。

「第四調査部から、指示が発出されました。私は直ちに、マクアウリ常務たちに面会しなければなりません」

「第九ドームの事件について、聴取を行うのですね?」

 クレヴァ刑事の目が輝く。私はうなずいた。

「相手が相手、内容が内容ですから、容易には行かないと予想されます。可能なら、こちらのお二人の協力を再度お願いしたいのですが」


「相変わらず、せっかちな男だ、ゴライトリーめ」

 しわがれた声で、所長は言った。

「事態が、それだけ急迫しているのでしょう」

半恒久有害廃棄物ラディワーストが絡んでいる、となればな」

 表情一つ変えずにうなずいて、

「ナフラム君、クレヴァ君。引き続き、本社第四調査部の指揮下で任務を遂行してくれ給え。ちなみに」

 所長はこちらをじっと見た。

「彼らの身に危険が迫った場合、威力反撃は排除されないのだろうね? ランゲンの『衛視隊』と正面からやり合うことになるかも知れん」


 本社からの連絡では、ランゲン社の幹部に事前通告せよ、とあっただけだ。武装警備隊ASTの到着まで常務を生かしておけ、とはどこにも書かれていなかった。

「もちろんです。お二人の見事な手腕を、存分に発揮いただきたいものです」

「よろしい。では、実体金属弾銃マグナムの携行許可も引き続き有効とする。日頃の訓練の成果を、発揮してくれ給え」

 ナフラム刑事たちに向かって、所長はうなずきかけた。

「はい、所長。衛視隊の連中を全滅させるつもりで乗り込みます」

 物騒なセリフを口にすると、クレヴァ刑事は背筋を伸ばして敬礼した。

「あくまで、自衛行動の範囲でな」

 所長は、表情をほとんど動かさずに苦笑したようだった。


 第一採掘ドームへとつながる地下通路の入り口へと、我々は急いだ。

 もしも工区長たちが裏切っていたりでもすれば、通路が閉鎖されている可能性もある。だが、詰所に近いビルの一角に開いた入り口に特に異変はなかった。

 薄暗い階段を降りて、狭い通路を進む。最初は不気味にも思えたがこの地下通路だが、第九採掘ドームのあの素掘りのトンネルに比べれば、今やどうということもない。岩登りを強いられることもなく、普通に階段を登って、嵐の音が響き渡る採掘ドーム内の地上へと出た。


 ランゲン本社ビルのある、ドーム中央部へ向かって歩き出したところで、聞き慣れた声が私の名を呼んだ。

「コーネル先生!」

 カイネリ技師長が、空中の通路から身を乗り出して手を振っていた。その隣には、マチルダ専務の姿もある。

「やあ、技師長」

 私も、手を振り返す。

「あちらの方は?」

 クレヴァ刑事が、小声で訊ねた。

「あれは、カイネリ氏。ランゲン社の現場責任者だよ。隣におられるのは、マチルダ専務。どちらも、常務たち経営陣とは対立している立場ですな」

 私の代わりに、ナフラム刑事が答えてくれた。さすがに、事情に精通している。

「その通り。マクアウリ常務の敵ということは、つまりは我々の味方だというわけです」

 説明するうちに、技師長と専務がプラントの階段から降りてきた。


「お疲れ様です、先生。……そちらのお二人は?」

 今度はカイネリ技師長が、私に訊ねる番だった。

 二人の刑事は自己紹介をして、例の委員会令状を技師長たちに見せた。

「殺人の捜査ですか。コーネル先生も色々手広く仕事を手掛けておられますな。しかし、みなさんがそんな用事でここに来られたということは……」

 カイネリ技師長は、我々の顔を見回した。

「マクアウリ常務に、用があるのですよ。彼こそが全ての鍵を握っているというのが、当局の見立てでしてね」

 私の言葉に、技師長と専務は顔を見合わせた。

「どういうことなのでしょうか、それは」

 緊張の面持ちで、マチルダ専務は訊ねた。


(#37「専務の受けた衝撃、接続ヨシ」に続く)

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