#37 専務の受けた衝撃、接続ヨシ

 ランゲン本社へ乗り込む前に、我々は技術者組合テクナギルドの事務局へ立ち寄ることになった。

 林立するプラントの合間に、カプセル・ルームを積み重ねて作った建物があって、そこが組合の本部だった。第九採掘ドームの準備支所ブランチにそっくりな見た目で、一瞬ぎょっとしかけたが、こちらは完全気密などではない普通のカプセルだ。もちろん入り口も、気閘エアロックにはなっていなかった。

 壁際に並んだキャビネットの上に書類が山積みになっている、雑然とした部屋に我々は案内された。これでも一応は応接室だということで、テーブルを囲むソファーに我々が座ると、カイネリ技師長がコーヒーを淹れてきてくれた。


 ナフラム刑事たちの説明に、もっとも衝撃を受けた様子だったのは、マチルダ専務だった。

「まさか、そんな……」

 と彼女は青ざめ、震える手でコーヒーカップをソーサーの上に置いた。

「では、すでに暴噴事故は起こってしまっているというのですか。あの危険な第九ドームで」

 失脚しかけているとはいえ、まだ彼女は採掘についての責任者である。その自分があずかり知らないところで、常務たちが無断で採掘を始め、そして引き起こした重大事故を隠ぺいしていた。ショックを受けるのも、当然だった。

「それどころか、連中は工事を続行しています。再び採掘を行う予定らしい」

 暗い顔で、ナフラム刑事が伝えた。

「信じられん。奴らは、何がしたいのだ」

 カイネリ技師長が呻く。


「社長は、ピクルス社長はその事実を知っているのですか?」

 必死の形相で、専務は刑事たちの顔を見た。

「ご存知です」

 私が答えた。

「全て分かっていて、まだマクアウリ常務の一派を泳がせています。連中を止められるのは、シティ当局だけ、つまり羽ヶ淵本社だけだと、そう考えておられるのです。あの『衛視隊』は、相当に危険な存在らしいですね」

「そうでしたか……。では最初からあなたは、羽ヶ淵本社の密使として社長に接触するという目的で、ここへ来られたのですね」

 そう言って、マチルダ専務はうなだれた。

「その通りです」

 と私は言い切った。そのほうが、話が早いだろう。しかし、カイネリ技師長は首を傾げる。


「すでにご承知のことかも知れませんけれども……」

 悲痛な顔で、彼女はそう続けた。

「常務たちは、液体通貨密造業者ムーンシヤインに、増産した液化ラピスラズリを高値で横流ししようとしていたのです。私を排除しようとしたのも、その為です。でもまさか、不正に利益を得るために、そこまでの危険を冒そうとするなんて……」

 しかし、常務たちがこのような行動に出た真の理由は、他にある。彼女は、偽の真実を掴まされているのだ。

「残念だが、液体通貨横流しの件については、我々に出番はないのですわ。金融監督局の査察部、つまりシティ当局にしか捜査権がない。だが、コーネル先生なら」

 ナフラム刑事は、私の顔を見た。

「我々、第四調査部に、扱えない案件などはありませんよ」

 とりあえず、私はそう答えておいた。まだ、最後のカードは伏せておく。


 マチルダ専務の強い希望で、彼女とカイネリ技師長も我々三人と同行することになった。こちらとしてもそのほうが心強いが、危険が予想される。常務が「衛視隊」をどう使うかが分からない。しかし、

「大丈夫です。私が確実に、マチルダ専務をお守りします」

 クレヴァ刑事が、力強くそう断言してくれた。その言葉を信じて大丈夫だと、私も保証をつけた。


「さて、ところで、ですが」

 カイネリ技師長が、ふいに声を潜めた。

「先ほどから、この本部の近くに、二人……三人ほどか。我々の安全靴とは違う足音が、微かですが聞こえております。恐らく、衛視隊の奴らが監視していますな」

「出口は、先ほどの一個所だけですかな?」

 ナフラム刑事が訊ねる。

「いや、いざという時のために、逃げ道が用意してあります。本当は、警察の皆さんにこういうことを堂々と言ってはいかんのですが、たたかう組合ですからな、我々は」

「まさにその、斗争リボルトの時が来ましたな」

 にやりと笑って、ナフラム刑事が言った。ここに、保安部隊と労働組合というかけ離れた立場の者同士による同盟が成立した、そういう訳だ。


 カイネリ技師長の先導で、我々はほとんど梯子のような狭い階段を登り、本部ビルの五階へと移動した。

 建物の裏側にある窓からは、目の前にそびえるプラントの、絡み合う配管やタンクが見える。そして、その窓のすぐそばにも銀色の太い配管が一本通っていて、その先はプラントの一つへとつながっているようだった。

「この上を歩けば、あちらに渡れます」

 技師長はうなずく。しかし、私は言葉を失った。空中を、まっすぐに伸びるその配管。大した距離ではないとはいえ、その上を歩くというのは……。ちょっとした綱渡りではないか。


「ああ、みなさん安心してくださいよ。パイプの上にはちゃんと、滑り止めをした足場板が渡してあります。ご希望なら命綱をつけることも出来ますのでな」

 技師長は、こともなしに言った。

「なるほどそれは安心だ」

 まるで台詞を読み上げるような調子で、私は言葉を並べた。

「……では一応、命綱をお願いしよう。あくまで念のため、ということで。私の立場としては、リスク管理がだね、」

 結局、命綱をつけたのは私とナフラム刑事だけだった。現場の技術者としては配管渡りなどは日常茶飯事のようで、マチルダ専務も平気そうだったし、クレヴァ刑事も高所は大丈夫ということだった。


 五階の高さというのは、いざ空中に立つとなると目もくらむような高度だ。平気で前を進んでいく技師長たちが、とてもじゃないが正気とは思えない。

 頭上を伸びるケーブルにハーネスのフックがちゃんとかかっていることを、接続ヨシと何度も指差し確認しなければ、私には歩き出すことなど到底できなかった。


(#38 「強行突入、ランゲン本社」へ続く)

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