#33 「TUBE」再び、荒くれ三人男

 出動許可はすぐに下りた。現地へ向かうのは、ナフラム刑事と若手の刑事がもう一人、そして私だ。

「これが、十五条委員会コートの捜査令状なんですね」

 紺のスーツを着た、クレヴァという名のその若い刑事は、いかにも感心したように書面を見つめた。

 色白で細面、ナフラム先輩のような渋いタフネスは感じられないが、その瞳には前向きな好奇心が浮かんでいた。端正なその顔に、ベリーショートの黒髪がよく似合っている。


「この令状がそんなに珍しいのかね?」

 不思議に思って、私は訊ねた。保安部隊なのだから、そんなものは見慣れているのではないか。

「いや、なかなか委員会令状までは出んのですわ、我々レベルの仕事では。普段、我々が目にするのは、管理機構長官名の捜査協力依頼書までですな」

 とナフラム刑事は苦笑した。そんな効力の弱い書面に頼っていては、捜査が難航するのも当たり前だった。


「コーネル先生は、第四調査部の直轄調査官でいらっしゃるんですよね? あのゴライトリー副部長の」

 クレヴァ刑事は、目を輝かせている。ロレンス・ゴライトリー氏の悪名は、南方深部にまで轟き渡っているようだった。

「本当に光栄です、そんな上局から協力を依頼されるなんて。頑張ります、何でもします!」

「あ、ああ。よろしく頼む」

 私に抱き着かんばかりの様子で声を弾ませる、まるで仔犬のようなクレヴァ刑事に、私も苦笑しそうになった。彼、または彼女――あるいは、そのどちらでもない性境界超越者リープかも知れないが――とにかく、やる気があるのは助かる。


「ところで先生、護身武器のほうはどうなさいますか? 我々には、実体金属弾銃マグナムの携行許可が出ておりますが」

「私の荷物は、これだけですよ」

 持参してきた銀色の停滞保存函ステイシス・キャリアを私は示して見せた。中にはお気に入りのモンブランがいくつか入っているのだと説明すると、二人は首を傾げた。

「つまり、PIAの特殊技能そのものが、私の武器なのですよ。心の余裕が、何より大事というわけでしてね」

 私は大見得を切ってみせた。本当は、銃器類の扱いが苦手なだけだ。しかし二人の刑事は、いかにも感銘を受けたという様子でうなずいてくれた。いざとなったら、彼らに頼ることになる。


 三人で詰所を出て、すぐ近くにある一番街の停留所へと向かった。青地に白い「TUBE」の文字がある標識の下、地下へ続く階段を降りる。

 ごく狭く低いホームに立つと、この前乗ったのと同じ、あの恐ろしい乗り物がこちらを照らしながらやって来た。レールに乗った台車の上に小さな座席が並ぶ、屋根も壁も床さえもない「客車」。

 明るく光っているのは、操縦者のヘルメットに取り付けられたライトだ。先頭の座席に座った操縦者の少年には、見覚えがあった。


「あんたたちが保安部隊ポリの人達かい? 第九ドーム行の、臨時便だよ。すぐ出すから、乗って」

 と作業服姿の彼はぶっきらぼうに言った。どこの世界でも、警察が好きな若者というのは少ない。

「いや、すまんね。助かるよ」

 ナフラム刑事は鳥打帽を少し上げてから、シートに座った。続いてクレヴァ刑事、そして私が嫌々乗り込む。少年は、物も言わずにレバーを前方へ押し込んでブレーキを緩解させ、ノッチを入れた。


 高鳴るモートルの音と共に、車両は真っ暗なトンネル内を突っ走り始めた。床の無い足元を、枕木が流れる。

 私は平気な顔を作って、シートのクッションに掴まる。見る人が見れば、本当のニュートラルな表情ではなく、PIAらしからぬ無理やりな無表情であることが分かるだろうが、幸いここに交渉相手はいない。怖いんだから仕方がない。

 先日乗った際は四番街までのごく短距離で、一つ一つの駅に停まる鈍行だったからまだましだったが、今日のは臨時特急だ。一切減速することなく、遠い新設の採掘ドームへと走り続けた。生きた心地がしない、というのはまさにこのことだった。


 第九採掘ドームの駅というのは、まだ駅としての体裁をなしておらず、単にそこでレールが途切れているだけだった。ホームも何もなく、車両からそのまま地面に降り立つことになった。

「捜査への協力ありがとう。またよろしく」

 強張って仮面のように固まった顔のまま、私は操縦者の少年に礼を言って、十億両コイン《ダイム》一枚を渡した。お、このおっさん話が分かるじゃないか、という顔で、少年は頭を下げた。

 さて、とドーム内へと歩き出そうとした途端、凶悪な顔をした男ども三人が、我々を取り囲んだ。揃って巨体で、禿頭が一人に派手なモヒカンヘアーが二人。

 作業服はランゲン社のものに違いないが、カイネリ技師長たちと違って薄汚れて、だらしなく着崩している。しかし私には、彼らがちっとも恐ろしくは感じられなかった。「TUBE」に乗ることに比べれば、こんな連中は何でもない。


「どこへ行くつもりだ、手前ら。よそ者が来ていい場所じゃねえぞ」

 男どもの一人が、吠えた。「哨戒」の文字が入った赤い腕章を巻いているから、こんなごろつきのような様子でも「衛視隊」の警備員らしい。

「SLCM保安部隊の者だ。殺人事件の捜査のため、ドーム内の状況を改めさせてもらう」

 クレヴァ刑事の高い声が、暗い洞窟内に響いた。荒くれ男どもが、笑い出す。

「おお、怖い。殺人だとよ」

「しかしなかなか、かわい子ちゃんの刑事じゃねえか」

「捜査なんかより、おじさんとデートしようぜ」

 激しい衝撃音が、耳を叩いた。クレヴァ刑事の手には、銃口から薄い煙を上げる実体金属弾銃マグナムが握られていた。いきなり威嚇発砲したらしい。

「捜査の邪魔をするつもりなら、次は威嚇では済まんよ、君ら。こちらには令状もあるからね」

 低い声で、ナフラム刑事が告げる。やはり、彼らはプロだった。


(#34 「汚染区域、怒鳴る工区長」へと続く)

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