#23 ユズハ再び、ひらめいたアイデア

「何だ、君たちもここに泊まっていたのかね」

「ええ。コーネルさんこそ、なぜこちらへ?」

「ひと仕事終えたものでね、しばらくのんびり休暇でも過ごそうかと思ってね。あの豪華ホテルでは、少々費用がかかりすぎる。どんなものかね? ここの居心地は」

「悪くありませんわ。わたしたちには、贅沢すぎるくらいです。良い選択かと思います」

「こちらの方は?」

 エルメリナが、私の顔を見た。

「ああ、彼女は、宝石珊瑚の行商でシティからこちらへ来ておられる、ミス・ユズハだ」


 彼女たちはお互いに、自己紹介した。

「そう言えば、君も宝石珊瑚が好きなのではなかったかね?」

 私は彼女の指、そこに光るリングに目を遣った。

「これは……。私じゃないわ、紅珊瑚が好きなのは」

 エルメリナの表情が消えた。そうか、宝石珊瑚好きなのはピクルス社長のほうか。だとすれば。一つのアイデアが、私の頭の中に浮かび上がった。


「私も一度、列車の中でミス・ユズハの扱っておられる商品を見せてもらったことがあります。見事な紅珊瑚ばかりでした。ですね?」

「品物には、自信がありますわ」

 ユズハは、平然とうなずく。兄と組んで、詐欺まがいの小芝居を演じて見せたことなど、特に後ろめたいとは思っていないのだ。

「できればミス・ユズハを、ピクルス社長に紹介して差し上げたいのだが。きっと、品物を気に入っていただけるはずだ」

 ユズハとエルメリナの二人ともが、驚いたように目を見開いた。

「何だか、随分ご親切ですのね、こちらの御婦人には」

 エルメリナが、棘のある言い方をした。

「あの列車の長くて退屈な道中、ミス・ユズハのおかげで愉快なひとときを過ごすことが出来たのですよ。恩返し、と言ったところかな。……でしたね?」

 私は、ユズハにうなずきかけた。今度は戸惑ったように、彼女はうなずき返す。


「それは、結構なことでしたわね」

 相変わらず、エルメリナの声が冷たい。「敵」であったはずの私であっても、露骨に他の女性をひいきにされると、良い気持ちはしないらしい。

「でも、特別に紹介して差し上げることはできませんわね。ピクルス社長のところへ営業にお越しになるのはご自由ですが、会うも会わないも社長がお決めになるでしょう。私に言えるのは、それだけです。では」

 彼女はくるりと振り返ると、靴音を立ててロビーを出て行った。


「ずいぶん、勝ち気な方ですわね、あの人」

 ユズハが、小声で言った。

「そりゃまあ、社長秘書だからね、ランゲン社の」

「社長というのは、あのランゲン社のですか」

 彼女はまた、目を見開いた。

「そうだ。営業先として、これ以上の相手はないだろう? 南方深部ディープ・サウスの頂点に立つ男だからね」

 エルメリナは「営業にお越しになるのは自由です」と言った。社長秘書の言葉である以上、これはある程度の許可をユズハたちに与えたものと解して良いはずだ。

「とりあえず、その件については、また後ほど話をしよう。しばらくここに滞在するつもりなのでね、自分の部屋を押さえなければならない。お二人の部屋は?」

 ユズハたちは、二階の部屋を並びで二つ取っているということだった。

「ではまた、時間を見つけて伺うとしましょう。それでは失礼、また後ほど」

 私は、フロントのカウンターへと向かった。幸い、部屋にはまだ充分に空きがあるようだった。最上階の、そして通りとは反対側にある部屋を、私は頼んだ。


 渡された、透き通った青色のスティックからは、金属製の鍵がチェーンでつながれてぶら下がっていた。つまり、スティック・キーではないわけだ。近頃では滅多に見かけない、古風な方式だった。

 ゆっくりと昇るエレベーターで三階まで上がり、ドアノブの鍵穴にキーを差し込んで回す。室内の広さは、今朝まで泊まっていた部屋に比べれば半分にも満たないほどだったが、ベッドさえちゃんとあればそれで良い。

 窓の外にはアーケードの内殻鋼材が見えるだけだったが、これも希望通りだ。熱光線兵器での攻撃を受ける恐れはない。


 荷物をベッドの足元に置いた私は、さてと考えを巡らせた。懐には、大金とまでは言えないものの、十兆クレジットを超える額の共通液体通貨リキドマネーが充填されたアンプル・ウォレットもある。つまり、焦って動く必要はなかった。必要ならば、たっぷりと時間を使って次の手を打つこともできる。

 今日はとりあえず、この巨大なアーケード・べトラの中を、歩いてみることにしよう。視察という名の、ただの観光になりそうだったが、どんなものだって自分の目で見ておくに越したことはない。


 この町に着いた時にカイネリ技師長たちと歩いた、たった一本のメインストリートを、私は北へと向かった。温泉街のある五番街から、一番街へと順番に、わざと見通しを悪くするためにつけられたという、左右への枡形クランクを曲がりながら。

 空のあるべきところにはアーチ状の天井、降り注ぐのは人工太陽板からの光で、まさに密閉された空間ではあるのだが、こうして普通に歩いていれば、そんなことは気にならないほど広大な空間だった。外側の嵐のことなど、全く意識できない。


 来た時には気づかなかったが、通りの両側に並ぶ店舗の上階は、そのほとんどが集合住宅アパルトメンになっているようだった。多数の住民を、そうやって収容しているわけだ。

 もう一つ、改めて気付いたのは、通りの所々にある「TUBE」という青い標識と、地下へと降りる階段だった。標識には文字の他に、レールを模式化したらしいイラストが描かれていて、どうやらこの通りの下には鉄道が通っているようだ。

 戦争アトミック前には世界各地に存在したという、地下鉄メトロという奴が、ここでは今でも走っているらしかった。


(#24 「立ち食いパスタ、保安部隊VS衛視隊」に続く)

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