#24 立ち食いパスタ、保安部隊VS衛視隊
二番街まで歩いてきたところで、私は見覚えのある立ち食いパスタスタンド・チェーンの紅いネオンを見つけた。カイネリ技師長と出会うきっかけになった、あの店だ。こんなところまで進出しているとは、驚いた。
少し時間は早めだったが、私はスイングドアを押して店に入り、大盛ペペロンチーノを注文した。チェーン店だから、内装も全く同じだ。おまけに店員まで、
ただ一つだけ違うのは、こちらでは
夢中でパスタと格闘していると、背後でスイングドアの開く音がした。
「邪魔するぜ」
暗いだみ声が聞こえて、店員の女の子の表情も暗くなった。
「邪魔をされるのは、困ります。お引き取り下さい」
それはまあ、もっともだ。
「これを、店内に貼ってくれっていうだけのことだよ。そんな迷惑そうにするこたあ無いだろうよ」
その男が差し出した、ポスターらしい黄色い紙を、横目で見る。そこには赤い文字で「
こいつは驚いた。反体制運動家、という奴ではないか。
あれほどの強大な力で世界を支配していながら、
それは、本社の頂点に立つ会長自身の強い意向によるものだとも言われている。だから、反体制などという考えなど、そもそも存在してはならないのだ。
「お姉さん、あんたもこんな、体制の手先みたいな店で働いてりゃいけないね。南方人としての誇りが」
「そんなの、関係ない。わたしは、おいしい料理を出すために働いてるの。あんたはお客じゃないんだから、すぐ帰って!」
ポニーテールのかわいい店員さんは、大変な剣幕で男を怒鳴りつけた。壁で光る、店名の黄色いネオン文字が、まるでオーラのようだ。これもどこかで見たことのある風景だ。
男の言う通りなら、ここも羽ヶ淵系列の店だったらしいが、しかしどうもこのパスタスタンドでは、トラブルが発生しがちらしい。さて、どうするかと男のほうを振り返ろうとした瞬間、複数の重い足音が店内に入って来た。
「
声に聞き覚えがあった。突入してきた保安部隊の先頭に立っているのは、ベッドが焼かれた時にやってきた、初老の
活動家は、彼の部下たちによって、たちまちのうちに取り押さえられた。店の外へと、連行されて行く。そこで初めて、刑事は私に気付いたようだった。
「おや、またあんたかね」
「どうも」
私は会釈した。
「あなた方が来てくれて、助かりましたよ。食事くらい、ゆっくり取りたいですからね」
「あんたもよくよく、事案に巻き込まれる男だね」
刑事は、呆れたような顔をした。
「もっともこの町じゃ、こんな騒ぎをいちいち数えてたら、きりがないわけだがね」
その言葉に重なるように、店の外で大声がした。目にも留まらぬ速さで刑事は振り返り、通りへと飛び出した。私も反射的に後を追う。面倒ごとは金になる、という感覚がどうも染みついている。
通りには、SLCMの保安部隊と対峙するように、同じように武装した数人の男どもが、立っていた。濃緑色の制服、こいつには見覚えがある。フェイスシールドを装着し、
刑事は、舌打ちした。
「おい、お前さんたち。監理例規は知っておるだろう。治安維持は、
「
私設部隊の中央に立つ、リーダーらしい人物が、丁寧な口調でそう訊ねた。物々しい外見に似合わぬ優し気な声は、女性のものだった。
「秩序攪乱の現行犯だよ、そんなものはないね」
「公序例規違反の現行犯については、私ども『衛視隊』に一次鎮圧が任されていますよ。監理例規附則のR225但書き、ご承知でしょう?」
「お前さんたちに引き渡したら、すぐに釈放してしまうじゃないかね」
刑事は渋い顔をした。
「そうよ! 何度も来てるんだから、そいつ」
店内から、大声がした。
「どうも質の悪いやつらしいね。
「令状が出るのなら、もちろん」
「衛視隊」のリーダーはうなずくと、店の中に向かって声を掛けた。
「パスタ屋さん、安心して。二度と、迷惑をかけるようなことはさせないから」
「ほんとですか、お願いします!」
女性店員が、明るい声で答える。
私設部隊が活動家を連行して去って行くと、
「いつも、こうですわ。我々の力など、ここでは半分も及ばんのです」
と刑事はぼやいた。いつか聞いたセリフだ。
「しかし、最終的には身柄の引き渡しを受けることになるのでしょう?」
「恐らく、そうはならんでしょうな。奴が令状に基づく正式な取り調べを受けるのは、この町の連中にとっても喜ばしいことではないのですよ。どちらかと言えば、奴らの運動に味方したい、というのが本音ですからな」
刑事はそう言って、また渋い顔をするのだった。
(#25 「地下を走る、物騒な乗り物」に続く)
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