#4 旅の準備、絶品モンブラン
カイネリ技師長が所属する、そしてゴライトリー副部長が「監視対象」だと明言したランゲン社は、最大手の
深部エリアでは、「極渦」と呼ばれる激烈な暴風雨が一年中吹き荒れていた。まともに考えれば人が住めるような場所ではない。
それでも、そんな場所にいくつもの街区があるのは、その地下に大量の有価液体鉱物が埋蔵されているからに他ならなかった。
ほとんどの地域が
羽ヶ淵本社から見れば、この南方深部の諸街区、特にその中心となるランゲン社は喉に刺さった小骨のように不愉快な存在だった。可能であれば叩き潰して傘下に収め、南方深部を完全支配下に置きたい。それが、彼らの意向だった。
私が良い仕事をすれば、それだけランゲン社には不利に、羽ヶ淵に有利な方向へと事態は進むはずであった。私としては羽ヶ淵の世界支配に手を貸すつもりは特に無いのだが、あくまでこれは仕事である。プロとして、プロのなすべき仕事を完了する、それだけだ。
技師長とは、南方へ向かう列車の始発駅で落ち合うことになっていた。ただ、私にはその前に、もう一個所だけ立ち寄るべき場所があった。
「失礼するよ」
札の文字を無視して、私は戸を開いた。カウンターの向こうでゴートの親父、つまり店主が顔をしかめる。
「また、コーネルの旦那かね。うちはまだ、開店前だよ」
「だが、あれはもう出来てるだろう?」
私は、陳列ケースをのぞき込んだ。その一角に、ずらりと並んだ「絶品モンブラン」。この店の、看板商品だ。その名の通り味は絶品、私にとってはセロトニン・スティックに匹敵するくらいの依存性のある品だった。
「これを、十五個くれたまえよ」
「十五個? こいつが日持ちしないのは、旦那も知ってるでしょう。いっぺんに食べる気ですか?」
「こいつを持ってきた」
私は、手に提げた銀色の容器をゴートの親父に示した。
「準備のいいことですな」
親父は肩をすくめた。
「これから、長旅に出るのでね。念のためだ」
「いいでしょう、売りますよ。売るけれど、代金が先だ。まずここに、コインを置いてくれ」
ゴートの親父は、ショーケースの上にトレイを置いた。彼がここまであからさまに私を警戒するのには、理由があった。
以前私は、この「絶品モンブラン」を、なんだかんだと理由をつけては代金を支払わずに毎回持ち帰り、とうとう三十二個分ものツケを溜めたことがあったのだ。
どこまで行けるか、心理交流干渉士としての腕試し、くらいのつもりだったのだが、親父が怒るのは当たり前だった。心理の盲点を突くのが私のやり方だから、なぜ毎回してやられてしまうのか、ゴートの親父本人にも良く分からないのだ。それが、余計に苛立つらしかった。もちろん、後で代金はちゃんとまとめて支払ったが。
「もちろんだ。これで頼む」
トレイの上に、私は金貨を置いた。百億
「ちょっと待ちなよ、コーネルさん」
親父は慌てた。
「これじゃ多すぎる。あんた、また何かたくらんでるな」
「ちょっとした儲け仕事が入ってね。これは代金の先払いだ。帰ってきたら、またモンブランを受け取りに来るから、ケーキ作りの腕をさらに磨いておいてくれ給え、ゴートさん」
「まあ、そういうことなら……しかしコーネルさん、あんたもうちのケーキをそんなに気に入ってくれてるんなら、最初から気持ちよく代金を払ってくれてりゃ、わしだってこんな喧嘩腰になりゃせんのだ」
「すまないね、こちらも仕事なのでね」
私がそう言うと、親父は怪訝そうな顔をした。
南方へ向かうなら、
今回のような特殊任務であれば、経費扱いで券は入手できるが、あくまで表向きは、ランゲン社の技師長からの依頼案件である。こちらが券を用意するのは不自然だ。そもそもの予算が合計でたった十五兆
そうなると、
しかし、列車での南方行きは四日間もの長旅になる。これは、なかなかきつい。
カイネリ技師長なりに、その点を配慮してはくれたらしい。彼が用意してくれた切符は、私の予想とはちょっと違うものだった。
(#5「長距離特急列車、A個室」へ続く)
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