#3 第四調査部、ゴライトリー副部長

 高架軌道Sバーンに乗って、再び高度集積地区コア・エリアの、その中枢へと戻る。

 駅を出ると、目の前にはひときわ高く目立つ超々高層ビルがそびえていた。シティで最も高い、つまり世界一の摩天楼。

 夜空の頂にまで至る数千もの窓には、ひとつ残らず灯りが点っていた。不夜城という言葉がぴったりなこの超々高層ビルこそ、シティ当局さえも傘下に収める巨大企業群コンツェルナ羽ヶ淵ウイング・アビスグループの中枢に当たる本社セントラルタワーだった。


 シティ当局は、単にこの巨大都市を治めている役所ではない。周辺に広がる郡部諸街区カウンティも含めた世界全体の実質的な統治機関としての役割を持っている。市内で適用される各種の法令例規は、市外においても準用され、強制適用力を有していた。そして、その当局のさらに上に立つ羽ヶ淵の本社こそ、この世界の真の支配者だった。


 外壁に設置された垂直バーティカルゴンドラで、三百三十五階にある第四調査部へと向かう。戦争アトミック前のアール・ヌーヴォー様式を模したという内装こそ豪華なこのゴンドラだが、いざとなれば爆薬で空へと吹っ飛ばすことが出来る造りだと噂されている。

 ビル内部を外部から徹底的に守る構造になっているわけだったが、それを知ってこれに乗るというのは、あまり気分の良いものではなかった。今のところ私は、彼らにとっても役立つ存在ではあるはずだが。

 無事に三百三十五階にたどり着いた私は、外壁ドアからフロア内に足を踏み入れた。受付カウンターの向こうで、顔見知りの受付嬢が丁寧に会釈してくれる。彼女の背後には、銀色のドアがあった。

「SSMSのゼロ・コーネルです。副部長にお会いしたいが、まだ在社でいらっしゃるか?」

「少々お待ちください。確認いたします」

 受付嬢が、カウンター上に置かれたコンソールのキーを素早く叩く。

「在社しております。今、アポイントメントをお取しました。どうぞ、お入りください」

 音も無く、ドアが開いた。


 足音がむやみに大きく響く廊下の、突き当り左右に部門トップ二人の部屋があった。左のドアをノックする。

「入り給え」

 その声にドアを開き、部屋の中に足を踏み入れる。ふかふかのじゅうたんが敷かれた室内は、廊下とは全く対照的にまるで足音がしない。

 正面の巨大なデスクの向こうで、回転椅子に座ったでっぷりと太った男が、くるりとこちらを向いた。ロレンス・ゴライトリー、第四調査部副部長。

南方深部ディープ・サウスで、依頼が入りました。重耐候アーケード、ベトラです。ご興味がおありかと」

「ほう、ベトラかね。ランゲン社の本拠地ではないか」

 重そうな眉と瞼を、副部長は大きく持ち上げた。ランゲン社は、最大手の液体通貨リキドマネー生産会社だ。

「そのランゲンの社員からの依頼です。技師長で、技術者組合テクナギルドの委員長だそうです」

 それが、カイネリ氏が私に示して見せた個人属性票ユニークカードに記載されていた肩書だった。


技術者組合テクナギルド? 何を頼まれた?」

「それは申し上げられません。守秘義務です、心理交流干渉士PIAとしての」

 副部長は、笑い出した。

「なるほど、ご立派なことだ。まあ、良い。小金稼ぎは好きにやりたまえ。任務に支障のない範囲でな」

 正面のデスクの上にあるマイクロフリップ・ディスプレイを見つめたまま、副部長は手元のキーボードを素早く叩く。

「ランゲン社が、わが調査部の重要監視対象であることは言うまでもないだろう。連中の持つ力は、そろそろ我々にとって目障りな域を超えて、危険なものにさえなりつつある。しかも、その内情は不透明だ。君の調査の結果、良い土産がもたらされれば、ボーナスの額はちょっとしたものになることだろう。……これを」

 可変輪転機バリアブルから出力された一枚の書類を、副部長は差し出した。「特命機動調査官委嘱状」、そう書かれている。


 この第四調査部は、市保安警察の情報局を指揮監督する役目を持つ部門だった。「特命機動調査官」、通称SSMSと呼ばれている特命調査官は、案件ごとにその第四調査部の委嘱を受けて、特殊案件を秘密裏に遂行する役目を持っている。言わば、臨時雇いの調査官だ。

 額の大きさから言えば、実はこのSSMSの仕事による収入のほうが、本業である心理交流干渉士PIA業務で得ている額を上回るほどだ。その代わり仕事の内容は、時には様々な裏工作の遂行にまで及ぶこともある、ハードなものになる。


「あと、こいつを持って行き給え」

 ゴライトリー副部長がデスクの天板に置いたのは、黄銅で作られた長方形の薄っぺらい小箱だった。「全書ペディー」と呼ばれる、携帯用情報コンソールの一種だ。

 その名の通り、本の表紙のように板状となっている蓋の表面には、長い髪の乙女を象ったレリーフが彫金されていた。ページをめくるように蓋を開けば、一ページ目に当たる場所にはマトリックスFLディスプレイが埋め込まれていて、表面と同じ乙女かのじょの微笑みが、青白く輝くドットの線によって表示される。側面には、入力操作用の竜頭型ダイヤルが三つ取り付けられていた。


「必要な情報は、乙女かのじょが教えてくれる。ただし、こいつに通信機能はない。私からの指示の確認と各種の報告は、オープン・コンソールの保護通信を利用して行ってくれたまえ。以上」

 副部長は再びくるりと回転して、向こうを向いた。これ以上の質問は受け付けない、というおなじみのポーズだ。

 全書ペディーを手に、私は副部長室を退出し、第四調査部のオフィスを後にした。明日の朝は早い。すぐに部屋に戻って出発の準備をして、ひと眠りしておかなければならなかった。南方深部への旅は、長い旅になる。


(#4「旅の準備、絶品モンブラン」に続く)

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